【ライブレポート】cadode主催ライブイベント『SLICE OF SEKAI』|この世界で生きていくことの虚しさと美しさ

望月 柚花

望月 柚花

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『SLICE OF SEKAI』は2021年12月4日(土)に開催された、廃墟系ポップユニットとして活動するcadode(かどで)主催のライブイベント。歌うトラックメイカーの水槽、ボカロPのピノキオピーをゲストアーティストとして迎え、渋谷のライブハウスO-WESTにて行われた。

ソーシャルディスタンスのためにひかれた白線、設置されたアルコール消毒液。万全の感染対策がなされた会場には、この夜を楽しみにしていた観客たちの静かな熱気がたちこめていた。


観客だけではなくメンバーも待ち望んだ夜

cadodeは、koshi(Vocal)、eba(Music Producer)、谷原亮(General Manager)からなる「誰かの生きづらさを熱量に変える」廃墟系ポップユニットだ。

2018年に初の音源『Unique』を配信してから現在まで精力的に楽曲を制作・発表してきた彼らだが、2020年以降は新型コロナウイルスの影響で数回のイベント主催の企画が頓挫していたという。

そんな経緯があり、今回の主催ライブイベント『SLICE OF SEKAI』はメンバーも待ち望んでいたものだった。ライブ前に寄せてくれた3人のコメントからもイベントへの期待がうかがえる。

コロナ禍前にもcadodeのライブイベントはありましたが、それ以降は企画の段階で2、3回頓挫しているので、今日は実質初めての主催ライブイベントです。水槽さん、ピノキオピーさんには今回の出演を快諾してもらえると思っていなかったので、ドキドキワクワクしています。今日は自分たちが主催だぞ、と身が引き締まる思いもありますね。

今後の活動に関しては、これからもリリースを中心として徐々にライブもしていけたらと思っています。まだまだ手探りですが、この探っている状態も、今日のライブを終えたらなにか答えが出そうな気がしています。

cadode(koshi、eba、谷原亮)

ゲストアーティスト、水槽・ピノキオピーの個性あふれるライブパフォーマンス

トップバッターとして舞台に登場したのは、歌唱とトラックメイクの両方を自身でつとめる「歌うトラックメイカー」水槽。会場のスクリーンにはMVが投影され、ライブパフォーマンスだけではなく歌詞と映像も楽しめるようにしたステージセットになっていた。

楽曲『事後情景』の最初の音が鳴り水槽が歌い出した途端、会場の空気が変わったのを感じた。歌唱力が高いといった言葉だけでは足りないほど、豊かで情感があり力強い歌声に観客がぐっと引き込まれる。『29時はビビット』ではcadodeのkoshi(vo.)がステージに登場し、水槽と共に鮮やかに歌い上げていく。

最後のMCではこの日のイベントに出演できたことへの嬉しさと感謝をはにかんだ笑顔で語り、自身が楽曲制作をスタートしてから初めて作ることができた「自分が聞きたい、でもまだこの世になかった曲です」と前置いて『遠く鳴らせ』を披露した。

続くアーティストは2009年よりボーカロイドを用いた楽曲を発表しているボカロP・ピノキオピー。

『神っぽいな』『人間なんか大嫌い』など数曲を披露していく中で、特に印象的だったのが『ノンブレス・オブリージュ』だ。本来はボーカロイドを用いた楽曲だが、ライブではピノキオピー自身が歌い上げる。人間には再現が難しいほど詰め込まれた言葉数、息継ぎのタイミング、それら全てをカバーできてしまう技術は圧倒的で、目が離せなかった。

最後の『ぼくらはみんな意味不明』では水槽とcadodeのkoshi(vo.)を迎え、この日しかない贅沢なライブ限定バージョンのパフォーマンスを披露した。

cadodeの世界に鳴っている音、吹いている風

ステージ上にはデスクとパソコンがあり、koshiがそこに座ると『あの夏で待ってる』のイントロが流れ始めた。ステージ上のスクリーンにパソコンのインカメから写したkoshiの映像がリアルタイムで流れるという斬新な演出に一瞬驚くが、美しい音と光、楽しそうに伸びやかに歌うkoshiの姿を見ているとそれもすぐに馴染む。

『あの夏で待ってる』は、大切なのに手のひらから溢れてこぼれ落ちていってしまうものを拾い集めたような曲だ。孤独を、無常を、生きていくことの苦しさと美しさを、ここまで正確に歌い上げることのできるアーティストを、私は他に知らない。

続く『三行半』『ワンダー』でもそう感じた。自分の意思で生まれてきたわけではないのに、ここで息をしなければいけない。生きていく中で大切なものや美しいものがあったとしてもそれは一瞬のことで、いつも失うばかりだ。

『誰かが夜を描いたとして』ではフィーチャリングとして水槽が加わり、koshiと共にステージで歌う。その後披露した、2022年春公開の映画『味噌カレー牛乳ラーメンってめぇ~の?』の主題歌になることが決定している新曲(タイトル未発表)は、初披露ながら完成度の高いパフォーマンスで観客を魅了。続いての『ライムライト』は、会場に軽やかな風が巡っているような爽やかな疾走感が印象に残った。

『タイムマシンに乗るから』『TOKYO2070』『カオサン通り』『空空寂寂』、最後は『Unique』で、本当に最後の一節、最後の一音まで美しく、美しいからこそ寂しさを感じた。

この寂しさは個人の感情ではなく、人間という生き物が本来持っている根源的な寂しさだ。人間は誰ひとりとして完全ではないのに、自分や誰かや世界の不完全さを許せずに生きていくしかない。失う寂しさ、孤独のつめたさ。それでも消えることのない光があり、風は巡りつづける。

いつかどこかで聴いた歌、見た風景、抱いた感情、祈りに似た何か

cadodeの音楽、水槽の音楽、ピノキオピーの音楽。会場に来るまでの移動中に四角く光る画面を見つめながら聴いていた歌を、白線で区切られた四角の中で静かに聴く。

先の見えない暗闇みたいな状況の中でも音楽は鳴っていて、届けようとする人たちがいる。そうして誰かにちゃんと届いている。それは美しい連鎖であり、祈りのようだと感じた。

会場を出ると渋谷の街の喧騒があった。

耳の中ではさっきまで鳴っていた音楽が反響し、自分の鼓動の音と混ざっている。目を閉じると、ステージでの鮮やかなパフォーマンスとミラーボールの光がまぶたの裏にちらつく。息を吸って、吐く。そうして自分のあたたかさを確認する。

世界は簡単にひっくりかえり、生きているものは思っているよりずっと簡単に死んでしまうけれど、それでも歌いつづける誰かがいる限り音は止まない。この日鳴っていた音も消えることはない。どこまでも届き、誰かや何かと共鳴し続けていくだろう。

【cadode Setlist】
01. あの夏で待ってる
02. 三行半
03. ワンダー
04. 誰かが夜を描いたとして(feat.水槽)
05. 新曲(タイトル未公開)
06. ライムライト
07. タイムマシンに乗るから
08. TOKYO2070
09. カオサン通り
10. 空空寂寂
11. Unique

取材/文・望月柚花
撮影・横山学(COUNTER COLOR)