Instagramに投稿された動画を偶然見つけて、目と耳が釘づけになった。アイドルと見紛うような若い女性が、さだまさしの『案山子(かかし)』を歌っているではないか。伸びやかな歌声は少しハスキーで艶があり、どことなく山口百恵を彷彿とさせる。
フランスの詩人・ロートレアモン伯爵は解剖台でのミシンと傘の出会いを美しいと言ったが、昭和と令和、瑞々しさと哀愁が錯綜するこの感じも、デペイズマン的でなんだかものすごく心惹かれる…。彼女はなぜ、自身が生まれる前の時代の歌謡曲を歌うのだろうか?
というわけで「MUSIC DRUNKS」連載の第7弾は、昭和歌謡を愛してやまない平成生まれの大学生シンガーソングライター・日比谷りこさんにご登場いただいた。
※2023年4月に「日比谷りこ」から「Hibiya」へ改名
中学時代に出会った尾崎豊、そして歌謡曲
——歌謡曲のカバー動画、驚きました。ルックス、声、曲、なにもかもギャップだらけで。選曲はご自身ですか?
見つけていただいてありがとうございます。自分の好きな曲や、リクエストをいただいた曲をカバーしています。最初は完全に私の好みで選曲していたんですが、マニアックすぎることもあって(笑)、最近は王道の歌謡曲が多いです。
——昭和の歌がお好きなんですね。
はい。子どもの頃からなぜか昭和レトロなものが大好きで。中学生のとき、好きな俳優さんが出ていた尾崎豊のドキュメンタリードラマを見たのがきっかけで尾崎豊に夢中になり、そこから浜田省吾や山口百恵、BOØWYなどを聴くようになりました。
——尾崎豊のどこに惹かれたのでしょう?
当時、まわりの友達はみんなアイドルやダンスグループにハマっていて、私も聴いたりカラオケで歌ったりはしていたんですが、正直あまりピンときていなかったんです。でも尾崎の音楽を聴いて「やっと好きな音楽に出会えた!」と思いました。メッセージ性の強さや、魂を全力でぶつけてくる歌い方にグッときたんですよね。
とくに好きな曲は『シェリー』。夢を追いかけている過程で「俺はどこに向かっているんだろう」と葛藤する様を描いた、聴き手に問いかけてくるような歌詞。叫ぶような歌い方も大好きです。
——カバー動画にもある山口百恵、かぐや姫、ちあきなおみなど、いわゆる歌謡曲に対してはどんなところを魅力に感じますか?
歌謡曲って、宇宙とか非現実的なものが歌詞に出てくるんですよ。宇崎竜童さん(作曲家)と阿木燿子さん(作詞家)夫妻が山口百恵さんに曲をたくさん提供しているんですが、意表をつく斬新なメロディに、ちょっとSF要素の入った詩的な歌詞がのせられていて、まるで詩集のように素敵なんです。
恋愛のどうしようもない感情など、人と人の心が真正面からぶつかる様を歌う曲も多いです。しかもそれを、誰もが共感できる表現でシンプルに素直に描いているところが好きですね。
シンガーソングライターとしてオリジナル曲も発表
——音楽を始めたのはいつ頃ですか?
3歳からクラシックピアノをやっていて、高1のときに尾崎に憧れてギターを始めました。その頃から、今とは違うアカウントですがYouTubeに動画をちょこちょこアップするようになり、2年前くらいから本格的に歌う動画をアップするようになりました。
——歌手は昔からの夢?
実は、最初はピアノの道に進もうと思っていて。もともと人前に出ることに憧れていたので、芸能のお仕事を少しやっていた時期もありました。でも、いろんな経験をする中で「やっぱり歌が好き」「歌謡曲が好き」と実感して、シンガーソングライターとして活動していこうと決意したんです。
去年の夏から冬にかけては、ELFI(エルフィ)というボーカルのいないツインキーボードユニットにゲストボーカルとして参加していました。それと並行してソロのオリジナル曲づくりも進めていて、本当は今年ソロライブを精力的にやっていこうと思っていたのですが…コロナの影響でまだできていません。今はSHOWROOMで生配信などをしています。
——オリジナル曲『デジャヴ』は、ご自身の声質や嗜好が存分に活かされている歌謡テイストの曲ですね。
恋をしていると、ふとした瞬間に既視感を感じることってあると思うんです。相手は変われど、やっていることは同じなんじゃないか。恋をする、生きることって、そういうたくさんのデジャヴがつながって成り立っているんじゃないか。そんな思いを歌詞にして、キャッチーなメロディにのせました。
——曲をつくる際はどんなところからインスピレーションを得ていますか?
自分の実体験や思いを曲にすることもありますし、古いビルや街のネオン、空などを見ていてシチュエーションが浮かんでくることもあります。映画や本の中でいいなと思ったモチーフをメモして、そこから連想したりもしますね。映画でいえば『ニュー・シネマ・パラダイス』や『2001年宇宙の旅』などノスタルジックな作品が好きです。
目指しているのはメッセージ性のある曲。ただ恋愛模様や情景を歌うのではなく、自分の恋愛観や人生観、生きていて感じたことを伝えていきたいと思っています。ロックも好きなので、ロックやバンドの要素を入れた曲にもチャレンジしたいです。
——BOØWYのほかに好きなバンドはありますか?
THE YELLOW MONKEYが好きで、ライブにも行きます。これ(着ているTシャツ)、イエモンのTシャツなんですよ。
——本当だ、気づきませんでした! 吉井(和哉)さんも歌謡曲がルーツにあるから、歌謡テイストを感じる曲が多いですよね。
そこにグッときました。歌詞もおしゃれですし。『球根』がとくに好きです。
——いいですね、ぜひカバーを聴いてみたいです。
いつかやってみたいと思います(笑)
「ネオ歌謡」「令和歌謡」をたくさんの人に聴いてほしい
——日比谷さんは「ミスiD2021」にエントリーしていますね。大森靖子さんらが選考委員を務め、玉城ティナさんや戦慄かなのさんを輩出した、一般的なミスコンとは一味違ったオーディションです。
はい。今の若い人には歌謡曲を知らない人や、固定観念をもっている人も多いと思いますが、「こんなに美しいものなんだよ」ということをたくさんの人に伝えたい。昭和歌謡ならぬ「ネオ歌謡」「令和歌謡」をたくさんの人に聴いてもらえるような歌手になりたくて、そのきっかけをつくれたらと思いエントリーしました。
——選考はどんなスケジュールで進んでいくのですか?
今年はコロナの影響で「応募者全員0次通過」という形になり、現在3,000人近くの応募者全員が公式サイトで発表されています。そこから書類や動画、SNSでの発信内容などをもとに選考が行なわれて、7月下旬にカメラテスト進出者約400人が決まります。
その後、セミファイナル選考、ファイナル選考を経て、12月中旬に各賞の受賞者が決まる流れです。
——では、まず目指すはカメラテスト進出ですね。日比谷さんを応援したい人ができることはなにかありますか?
CHEERZというファンコミュニティサイトでCHEER(応援)ボタンを押すと、「いいね」のようにCHEER数が増えていきます。CHEER数も選考対象になっているので、ぜひ応援していただけたら嬉しいです。
——これからのご活躍が楽しみです。ちなみに、日比谷さんの人生観も気になったのですが、ひとりの人として大切にしていることはありますか?
疑う心をいつも忘れない、ということです。周囲やメディアに言われるがまま納得するのではなく、自分の頭で一度考えてから行動したいと常に思っています。
——そう思うようになった原体験みたいなものがあるのでしょうか。
小学生のときに先生に理不尽な扱いを受けたことがあって、今思えばそれも影響しているのかもしれません。従ってばかりいると自分が損することに気づいたというか。
尾崎豊をはじめ昔のロックミュージシャンは、「自由ってなんだ」「愛ってなんだ」と常に問い続けている。そういう音楽に出会ってから、いろんなことを考えすぎるようになった反面、「疑う」とか「反抗」とかギラギラとした心を忘れたくないと思えるようになったし、自分の人生を自分で決めながら生きられるようになりました。尾崎と出会って本当に人生が変わったんです(笑)
——なるほど。日比谷さんが尾崎になぜそこまで心惹かれたのか、腑に落ちた気がします。
いつか、そういう自分のルーツを語る場を与えられるくらいの人間になりたいなと思っています。『情熱大陸』や『アナザースカイ』みたいに(笑)。そのためにも今はとにかくたくさん曲をつくって、たくさん発表して、いろんな世代の方に「ネオ歌謡」を聴いていただけるように活動していきたいです。
(取材/文・三橋温子)
5 PRECIOUS SONGS
中学時代から何百回と聴き続けた曲。イントロを聴くだけで胸が高鳴る。(1985年)
「いつかは誰でも愛の謎が解けて ひとりきりじゃいられなくなる」という歌詞が衝撃的だった。1曲まるっとバイブル。(1981年)
リズム感や、東京のネオンを感じる詞が素敵。アルバムで聴くとさらにいい。(1978年)
ジュリー本人が作曲を手がけた曲。さわやかな秋晴れの日に無性に聴きたくなる。(1976年)
3分未満の短い曲だが、その中にすべてが凝縮された、宝石箱のような作品だと思う。「青春って、いくつまで?」という問いかけへのアンサーが素敵。(1977年)
PROFILE
シンガーソングライター
日比谷 りこ(Rico Hibiya)
平成生まれの昭和育ち。歌謡曲をこよなく愛する大学生シンガー。オリジナル歌謡曲『デジャヴ』がYouTubeにて公開中。SHOWROOMにて「日比谷りこの昭和歌謡の部屋」配信中。
公式Twitter @ricoYesterday
公式Instagram rc_yesterday
公式YouTube
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