音楽好きなら誰しも、世間的な名盤とは別にきわめて個人的な「マイ名盤」を心に秘めているものだ。音楽の趣味も世代も異なるヂラフライターたちのマイ名盤とは? 気になる感性の持ち主を見つけたら、そのライターのほかの記事もぜひチェックしてみてほしい。新しい音楽との出会いが待っているかも。
『Answer』(2005年)
東京スカパラダイスオーケストラ
スカパラの真髄は硬派なインスト曲にこそ有り
今でこそヴォーカリストコラボや、ポップスシーンで活躍するイメージが強いスカパラ。しかしこの頃のスカパラはスーツ! オールバック! サングラス!という、少しばかりアウトローな匂いすら漂う硬派ないかつい出で立ち。けれどそれが何より似合うし格好いい。
そのルックスの中で、彼らが元来持つスカの要素とロック、ブルーズな要素が最もクールなバランスで成り立っているこのアルバム。ボーカルのある曲は14曲中たった2曲しかなく、大部分がインストで構成された作品だ。それでもこのアルバムは私を音楽の道に引き摺り込んだ、人生でも最も思い入れのある1枚となっている。
『ギヤ・ブルーズ』(1998年)
thee michelle gun elephant
男も女も黙ってアン直フルテンギター&ベースを聴け
今でこそバンドを始め様々な音楽を幅広く聴いているけれど、私が神様と呼ぶロックスターはいつまで経ってもチバユウスケだ。音楽を聴き始めた中高生の頃から、かれこれ15年以上これだけは変わらない。
未だにシンセポップや4つ打ちより、アン直フルテンで一発ギャーンと鳴るぶっといギターやブリッブリのベースに半ば反射的にガッツポーズを掲げてしまう。硝煙の匂いがする個性的な声であれば尚良し。そんな私の音楽の性癖の根幹、thee michelle gun elephant。彼らの最たる魅力である、内臓に響く攻撃的なサウンドが最も楽しめるアルバムがこれだ。
『色々』(2007年)
倉橋ヨエコ
いい音楽はいつまでも世に残り続けるという証明
2008年に「廃業」してしまったシャバダ歌謡の女王、倉橋ヨエコ。彼女の曲は懐かしさ満点の古き良きサウンドもさることながら、その歌詞に込められた精神性が表舞台から姿を消して10年以上経った今も、未だ多くの人を惹きつけて止まない。
人生どうせうまくいかない、晴れの日より曇りや雨の日が圧倒的に多いのよ。一定数の人間が必ず心の奥底に秘めるその陰の感情を、このアルバムではどこまでもあっけらかんと歌っている。後ろ暗い感情を無き物としても、過剰な物としても扱わない。そんな彼女の唄に人生で何度も救われたのは、きっと私だけじゃないはずだ。
『YANKEE』(2014年)
米津玄師
アングラからポップへの移民期を象徴する作品
ここ最近の彼に関しては、出すもの全て自身の至上最高作を更新し続けている。なので正直、最新の『STRAY SHEEP』と物凄く迷った。迷ったのだけれど、“私の好きな傾向の米津玄師の曲”が多く収録されている、という点でこちらに軍配を上げたいと思う。
ハチ時代から10年間彼を追い続けている身としては、当時の“おもちゃ箱”めいた楽曲の良さも未だに捨てきれない。そんな初期の彼の良さと、最近輪をかけて磨かれているポップソングとしての彼の良さ。2つの丁度中間を取るような雰囲気となっているのが、彼がメジャーデビュー後初めてリリースしたこのアルバムなのではないだろうか。
『Rollers Romantics』(2007年)
The Birthday
憧れたロックスターの面影を追い続けて
初期作が最高傑作、なんて言葉は正直あまり使いたくないのだけれど、The Birthdayに関しては個人的にそうだと言わせて欲しい。チバ、クハラ、イマイという3人の編成で、どうやったってROSSOやTMGEの影を追ってしまうのだ。
けれど前述の2バンドに比べ、The Birthdayの奔り出しとなったこの作品には圧倒的な色気とウェット感、そして鋭さが兼ね備わっている。もちろんフジイ加入後の明るく開放感のあるロックなThe Birthdayも良い。けれどこのアルバムには音楽好きの女子高生が憧れた、ブルージーなロックスターの影がちらついていつまでも離れないのだ。
『HEAVENSTAMP』(2011年)
Heavenstamp
もっと評価されるべき稀代の歌姫を抱えたバンド
実は女性ボーカルのバンドがあまり好きではない。というか、食指が動くバンドがあまりいない。世の中に出回る女性ボーカルのバンドは、どちらかと言えば可愛くて柔らかな印象の歌声が多い。私の中では、それらがあまり上手く差別化できないのだ。
けれどこのHeavenstampは、数少ない私が好きな女性ボーカルのバンドである。力強いストレートなサウンドの中に一際その存在を放つ、Sally#Cinnamonの凛としたエッジの利いた声。このアルバムを初めて聴いた時から、私はその歌声に一発でKOされてしまっているのだ。なぜ彼女がもっと大勢に評価されないのか、甚だ疑問に思ってしまうくらいに。
『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』(2014年)
クリープハイプ
クリープハイプというバンドの歴史の全てを垣間見る
多くの傷付いたバンドキッズの心の支えとなる音楽を、これまで多数世の中に生み出し続けたクリープハイプ。大勢の音楽好きが彼らの楽曲の中に、今現在の、あるいは在りし日の自分の面影を見たことがあるだろう。私ももちろんその1人だ。
彼らの作品は正直どれも捨てがたい。が、その中でもこのアルバムは本当に1曲たりとも無駄がない。発売当初もそう思っていたし、あれから5年以上経つ今聴いてもそう思う。男女の下心や反骨心を剥き出しのまま尖らせていた初期の頃と、傷も全て抱えながら歩む決意を持った現在のクリープハイプ。どちらの良さもバランス良く兼ね備えた良作だ。
『大発見』(2011年)
東京事変
完成されたエンターテインメント、その先にある未来を
多くのファンが再結成を待ち侘びた中、2020年についに「再生」した東京事変。彼らの作品は正直人によって本当に名盤と呼ばれるものが分かれる。が、私はその中でもダントツでこのアルバムを推したい。
理由を一言で言うならば、この作品は東京事変の完成が体現されたものだからだ。均一の文字数に並んだ収録曲の並びすら最早美しい。楽曲も全て完成度が高く、東京事変の作品が音楽の枠を越え、エンターテインメントそのものとなった一作と呼んでもいいだろう。再び復活した彼らが、この完成の先にある未来を見せてくれる事に心からの敬意を表したい。
『ハチミツ』(1995年)
スピッツ
音楽を知る人間だからこそ人に勧めたくなる1枚
初めて聞いたスピッツのアルバムがこれだった。音楽にそこまで詳しくない中学生の知る、ミーハーな曲が入った作品ならもっと他にもあっただろう。『インディゴ地平線』『空の飛び方』とか。当時確か『スーベニア』も発売されたばかりだったはず。
けれど当時まだ中学生であるにもかかわらず、自らの意志でアルバム全てを所持していた早熟な狂ったスピッツオタクの友人が、最初に押し付けてきたのがこの作品だった。作品の評価をリアルタイムで見ていなくとも、これを勧めてきた友人は“分かっている”人間だった、と今でも思う。彼女に心からの拍手を送りたい。本当にありがとう、大正解のチョイスです。
『Tokyo Rendez-Vous』(2017年)
King Gnu
ポップシーンの最先端をゆく音楽の始まりはここだった
今をときめくKing Gnuの快進撃が始まったのは、まさにこの作品が起爆剤だったと言っても過言ではないだろう。バンド名をKing Gnuと改名してから初めてリリースしたこの作品。これには今へと連綿と続くポップスの流脈や、泥臭ささえ感じるブラックミュージックの空気感、そして退廃的な匂い漂うアングラムードが程よく織り交ざっている。
当時このアルバムを聴いた私は強い衝撃を受け、トーキョーの空気を纏うバンドはやっぱりクールだ、と強く思ったものだ。まさか2年後に紅白歌合戦に出場するほどポップシーンを席巻する巨大なバンドになってしまうとは、正直露程も予測していなかったけれど。
(文・曽我美なつめ)
(カバー撮影・髙田みづほ)