この世界でいちばん人の心に寄り添えると思うアーティストを挙げるなら、THE BACK HORNのギタリスト・菅波栄純(すがなみえいじゅん)を迷わず選ぶ。暗いのに純粋、暴力的なのに繊細、ネガティブなのに未来が見える。これほどまでに対極にあるものが共存する曲をリアルに描けるのは、誰よりも痛みに敏感で、そのぶん他人の痛みにも寄り添うことのできる人だからだろう。
2018年に結成20周年を迎え、来週10月23日には約4年ぶりとなる12枚目のオリジナルアルバム『カルペ・ディエム』をリリースするTHE BACK HORN。初期はほとんどの曲を栄純がつくっていたが、4人全員で曲をつくることを大切にしている今のTHE BACK HORNらしく、作詞作曲ともに彼が手がける曲は11曲中3曲のみだ。
そんな今だからこそ、バンドの世界観の原点ともいえる菅波栄純という人について、彼の40歳の誕生日である10月16日を前に(完全なる主観だが)綴ってみたい。
※いちファンとしてずっと「栄純」と呼んできたので、ここでも呼び捨てにすることをお許しください。
単なる社会へのアンチテーゼではない、デビュー曲『サニー』
最初に彼の優しさに気づいたのは2001年、高校生の春だった。学校帰り、高校の前のコンビニで友人と他愛のないおしゃべりをしていたとき、ふと有線から聴こえてきた1曲に心を奪われた。
黒い大きな壁を歩こう 夜明けとともに
THE BACK HORN 『サニー』 作詞作曲:THE BACK HORN
見ろよ流線形は 人を殺す時の気持ちさ
僕ら有刺鉄線を越え 何も知らないままで
夢見るように笑ってた
ここから見下ろす景色が
世界の全てと思っていた
生き急ぐように掻き鳴らされるギターに、憂いを帯びたメロディを声が擦り切れるほどに歌い叫ぶボーカル。全体的に不穏で、社会へのアンチテーゼを匂わせる曲だが、同時に「何も知らないままで夢見るように笑ってた」自分自身を責め、殻を破ろうとする強さが感じられた。
「世界なんてクソッタレ」と歌うだけのバンドではないと確信し、その年の秋に行なわれたメジャー1stアルバムツアー『人間プログラムTOUR 〜未確認歩行物体〜』にさっそく参戦。当時住んでいた地元札幌のキャパ250名のライブハウス『BESSIE HALL』で、全身全霊を尽くしたパフォーマンスに心が震えたことを覚えている。
曲を書くごとにこぼれ出てくる「自分」
意外にも、初めてバンドを組んだ高校時代は歌詞にまったく頓着していなかったという。理想のサウンドをギターで鳴らすことだけに関心があり、なかには市販の紅茶飲料の缶に書いてある文をそのまま歌詞にした『アフタヌーン・ティ』という曲もあったことを、結成10周年記念本として出版された『ザ・バックホーンの世界』の中で語っている。
福島から上京し、専門学校入学直後にTHE BACK HORN(当時のバンド名は魚雷)を結成。最初につくった曲『冬のミルク』は、Vo.山田将司の純粋で憂いのあるイメージを表現した曲だ。そこから新しい曲を書くにつれ、自分の内面を吐露するような歌詞も増えてきたという。「腐って死ね(『魚雷』)」「こんな世界なんて爆弾で吹き飛ばしちまえ(『ピンクソーダ』)」と歌う曲もある中で、こんな曲もある。
街の片隅で泣いている人
THE BACK HORN 『泣いている人』 作詞作曲:THE BACK HORN
誰に泣かされたんだろう
自分に腹が立ったの?
この街は何かと気を使うから
我慢できなかったんだろう
思いきり泣きなよ
どうかあなたが 幸せでありますように
どうか明日は 幸せでありますように
東京の駅で人目もはばからず泣いている女性を見かけて驚き、その切なさを思いながらギターを鳴らして自然と生まれた曲だそうだ。歌詞にはないが曲中では、田舎の母(聴き手によっては遠くにいる恋人や家族かもしれない)に電話で語りかけるシーンもあり、駅で泣いていた女性だけでなく大切な人すべてに向けて「幸せでありますように」と祈る栄純の本心が垣間見える。
やり場のない悲しみも苦しみも、「この街は何かと気を使うから」というフレーズにどれだけ救われることか。恩着せがましさのない彼の自然体の優しさは、2012年のbillboard JAPANの単独インタビューで「世の中や人生に絶望することはないか」という問いに対して語ったコメントともリンクする。
心の調子とかも同じで、自分のせいで心の調子が悪いと思う必要もねぇし、誰かのせいって訳でもねぇし、気温のせいかもしんないし、天気のせいかもしんないし。絶望っていうレベルまで落ちちゃうこととかも、ちょっとしたことの複合的な理由だとしたら、「たまたま今日は絶望してんのかもな」って思う手もあるというか。そう思うようになったら持続性が無くなったかもしれない。絶望の。押し込める訳でもなく、いなすというか。
billboard JAPAN 「THE BACK HORN 栄純単独インタビュー」より
ロマンではなくリアルな「死」、そして「生」へ
曲づくりに没頭すると、世の中の流れや人の感情をキャッチするアンテナ、本人いわく「天窓」が開きっぱなしになると、前出の『ザ・バックホーンの世界』で語っている栄純。もともとその天窓の弁がゆるく、余計なものまで吸収してしまう性質だけに、無意識のうちにネガティブな感情が腹の底に溜まっていたのかもしれないという。
ただ、2ndアルバム『心臓オーケストラ』の頃に読んだ戦場カメラマンの本や、3rdアルバム『イキルサイノウ』の頃に病気で他界されたという父の存在が、ロマンではなくリアルな「死」、そしてその裏側にある「生」を強く実感するきっかけになった。
世界中の悲しみを 憂うなんてできねぇさ
THE BACK HORN 『夏草の揺れる丘』 作詞作曲:THE BACK HORN
せめて大事な人が 幸せであるように
何度だって呼ぶよ 君のその名前を だから目を覚ましておくれよ
THE BACK HORN 『美しい名前』 作詞:菅波栄純 作曲:THE BACK HORN
今頃気付いたんだ 君のその名前がとても美しいということ
リアリティのある日常生活と、そこに潜む葛藤や切なさを描く曲も出てくるようになる。
蛇腹をめくるような毎日を誰もが過ごしているさって
THE BACK HORN 『番茶に梅干し』 作詞:菅波栄純 作曲:THE BACK HORN
自分に言い聞かせても何故か辛いのは自分だけだって気がする
帰る場所はいつもの薄暗いあの部屋さ 独り
産まれた町を離れて 生きたい生きたいって
気が付けばいつも自分のことだけ考えてる
ハッピーエンドの物語 アリエナイなんて捻くれて
THE BACK HORN 『ハッピーエンドに憧れて』 作詞:菅波栄純 作曲:THE BACK HORN
きっと誰よりも信じてた心の奥の方
ハッピーエンドに憧れて 締め切ったカーテン開けたなら
割と陽の当たるこの部屋を黙々とただ片付けてゆく
そしていつかは!
そして、わたしがもっとも心を救われた歌詞。これは栄純が渋谷の路上に寝泊まりして書き上げたという曲だ。
誰もがみんな幸せなら歌なんて生まれないさ
THE BACK HORN 『キズナソング』 作詞:菅波栄純 作曲:THE BACK HORN
だから世界よもっと鮮やかな悲しみに染まれ
(中略)
苦しくたってつらくたって誰にも話せないなら
あなたのその心を歌にして僕が歌ってあげるよ
大切な人を慰めたいと思うときに、その悲しみには意味があると言いきり、世界に向けて「もっと鮮やかな悲しみに染まれ」と願える人がどれほどいるだろうか。「僕が助けてあげるよ」でも「僕が苦しみを取り除いてあげるよ」でもなく、「あなたのその心を歌にして僕が歌ってあげるよ」と言える人がどれほどいるだろうか。
確か2004年のRISING SUN ROCK FESTIVALで彼は、MC中になにかを言いかけてすぐにやめ、「やっぱギターで言うわ」と福島なまりで呟いて次の演奏を始めた。こういうことを真面目に言えるくらい、真剣に音楽で人の心に寄り添おうとするミュージシャンなのだ。(記憶が正しければ、このときの最後の曲『光の結晶』でギターがアンプから外れ、アウトロを口で歌ったという伝説も残している。ギターで言うと言っていたのに(笑))
THE BACK HORNからのラヴ・レター
東日本大震災の際にはBa.岡峰光舟の発案で、Dr.松田晋二の書いた歌詞とVo.山田将司のつくった曲を合わせた『世界中に花束を』を3月30日にチャリティ配信。ライブも主催者側がキャンセルしない限り出演しようと決めた。福島出身で、なおかつ世の中の流れや人の感情を吸収しやすい性質の栄純が、この時期にどれほど心を痛めたかは計り知れない。
ただ、それ以降のTHE BACK HORNは、優しさや愛をよりストレートに表現する曲が多くなった。なかには「腐って死ね」の彼らを求めて戸惑う声もあったと思うが、表現のしかたが変わっただけで根本は変わっていないと、わたしは思っている。
沢山の言葉なんてもう
THE BACK HORN 『With You』 作詞作曲:菅波栄純
今は必要ないんだろう
君の温もりだけ
頼もしいスーパーマンじゃないけれど
いつも 傍にいるから
この世に生まれてきたのなら 打ち鳴らせ その鼓動
THE BACK HORN 『グローリア』 作詞作曲:菅波栄純
あきらめなんかに用はねえ 叫び出せ その鼓動
気休めだってなんだって 君の気持ちが晴れるなら
空模様なんて関係ねえ そう思うんだ
まず吐き出せ 声が枯れるまで
THE BACK HORN 『心臓が止まるまでは』 作詞作曲:菅波栄純
そして歩き出せ お前のその道を
目の前の荒野を恐れることはねえ
歌い舞い踊ってぶんどるんだ未来を
自分たちのバンドとして憧れた方向性もあるし、自分たちのオリジナリティを確立する上で、表面的にはああいうテイストになっているだけで、おそらくバラードなんですよね全部。『運命開花』を作ってリリースする時に、自分はSNSで「これはTHE BACK HORNなりのラヴ・レターです」って書いたんですよ。今話してて思い出したんですけど、それと全部通ずるかなと。
Real Sound 「THE BACK HORNの“隠されてきた原点” 『With You』&『KYO-MEIツアー 〜運命開歌〜』インタビュー」より
もともと音楽的にも多様な手法に挑んできたバンドで、亀田誠治をプロデューサーに迎えた『With You』、宇多田ヒカルとコラボした『あなたが待ってる』、作家・住野よるとコラボした『ハナレバナレ』をはじめ、打ち込みやストリングスやバグパイプを活かした楽曲もある。そうしたチャレンジの中で今後歌詞がどのように反映されていくかは、いちファンとしてとても楽しみである。
バンド結成後初めて栄純がつくった曲の中で、彼らはこう言っている。
心を焦がす素敵な歌はきっと
THE BACK HORN 『冬のミルク』 作詞作曲:THE BACK HORN
世界を救うためのものさ
人知れず苦しんでいる誰かを、そしてこの世界を救うための音楽を、THE BACK HORNはこれからもつくり続けていくだろう。7日後にリリースされるニューアルバムが待ち遠しくてしかたない。
(文・三橋温子)
生きるための音楽を。THE BACK HORN『カルぺ・ディエム〜今を掴め〜』 2019.11.18 渋谷WWW Xライブレポート
古代ローマの詩人・ホラティウスは、自身の詩の中で「Carpe diem(その日を摘め)」と説いた。神々がいつ人間に死を与えるか、我々には知り得ない。ならばその日その日を大切に楽しめ、という意が込められたラテン語...