それぞれの東京、それぞれの物語

望月 柚花

望月 柚花

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友人たちと「東京」で思い浮かべる曲を挙げる遊びをしていたら、全員違う曲を選んでいたのが面白かった。

この記事では「東京」がテーマになっている楽曲をいくつかピックアップし、聴いたときに浮かんだ物語を掌編として添えた。移動中や待ち時間など、何かの合間に楽曲を聴きながら読んでいただけたらと思っている。

何もかもがあって何もない街のよくある極めて個人的なストーリー。あなたの見ている東京は、一体どんな街なのだろう。


泉まくら 『東京近郊路線図』
—上京1ヶ月目、東京

▶︎story
夜は、段ボールが片付けられていないアパートにいるよりあてもなく渋谷とかを歩いているほうが断然いい。
バッグにスマホと財布と鍵だけ入れて、気に入っているピンク色のパーカーを着て外へ出る。
電車に乗ると街の灯りがきらきらして見えるから空っぽな気持ちが少しだけ無くなる。
私の寂しさを埋めてくれる街。それが東京。

泉まくらの『東京近郊路線図』は田舎から上京したての時の戸惑いやわくわく、居心地の悪さや微かな孤独感がポップに歌われている。

SILENT POETS 『東京 ~ NTTドコモ Style’20 (feat. 5lack) [Full Version]』
—大都会で戦う人たちへ

▶︎story
熱を帯びたコンクリートが私たちを急かしている。歩く速度がいつの間にかこの街のリズムになっていて、ふいに「東京の人は歩くのが早い」と母が言っていたのを思い出した。
毎秒誰かが傷ついて、愛とか優しさが歌われて、悲しみと欲望が泥のように渦巻いている街。
まだ手の中には何もなく、何かを掴むことも大事なものを守ることもできない。
それでも眠らない街に朝は平等にやってきて、誰にでも日が当たる。

docomo制作による2020年東京オリンピック・パラリンピックのテレビCMに起用されている楽曲。5lackの洗練されたフロウは必聴。

きのこ帝国 『東京』
—愛情と依存の境界線

▶︎story
あなたが誰かを抱きしめたことがあったとか、誰かと一緒に眠ったことがあったとか、妄想はよくない方向に暴走していく。
いまここにいるわたしがどうでもいいような気持ちになって、あなたに何回もメッセージを送ってしまう。
好きな人のいちばんになりたいだけなのに、それがこんなにも難しい。
東京であなたに出逢って恋をして、大人になったつもりでいた気がする。

恋愛の最中に多くの人が感じているであろう上手く言えないもやもやした気持ちを、きのこ帝国らしいやわらかさで情感豊かに表現している。

GEZAN 『東京』
—この時代のこの世界で何かを信じること

▶︎story 
誰かの叫び声は集団の笑い声にかき消されて、誰が叫んでいるのかをさとらせないシステムになっている。ほんとうのことは巧妙に隠蔽されている。想像力は働かないようにうまく殺されている。
暴力と差別とパック詰めの冷たい肉と何かの腐臭がするこの世の終わりみたいな時代が今立っている場所だ。
自分に何かができるなんて思えないし何と闘えばいいのかもわからないけれど、安アパートに君とふざけあいながら帰るこの道がいつまでもなくならなければいいと思うし、iPhoneで撮った東京の狭い空の、美しい朝焼けがどこまでも続けばいいと思う。
誰も救われることはないけれど、それでも私たちは皮膚の下を流れる血のあたたかさを信じている。

この楽曲を聴いた時、自分の持つ「社会や世界に少なからず関わっているのに知ろうとしない」という呑気な無関心さを糾弾された気持ちになった。

このしんどい時代にこのしんどい世界の中で答えなんてなかったとしても、今なにが起きていて、誰がどういった状況に置かれていて、自分がどうすべきか・どうしたいか、なにを大切にしてなにが許せないか、そういう物事を考えることをやめてはいけないという強いメッセージを感じる。

STUTS 『Changes (feat. JJJ)』
—いつかまたどこかで

▶︎story
下北沢で終電を逃した日、夜明けの瞬間が見たくてあてもなく大通りを歩いた。
先週末に友人の訃報を聞いた。つきあいの悪い俺にも定期的に飲みの誘いをしてくれるような人懐こいやつで、べったりと仲がいいわけではなかったがそいつのことがなんとなく好きだった。
葬儀には行かなかった。バイトがあることを口実に自分自身に言い訳をした。俺はそんな自分を薄情だと思った。
最後に会ったのは上野で飲んだ時で、その時煙草を吸っていたそいつの顔を思い出しながら歩いた。煙草は黄色のアメスピだった。
俺は煙草は吸わない。吸わないのにコンビニでアメスピを買って歩きながら吸った。不味かった。吐き出した煙が嘘くさく白みはじめた東京の空にのぼっていく。朝がくる。

どんな形であろうと別れはいつだって悲しいが、のこされた人たちはどれだけ時間がかかっても絶対にそれを受け入れるしかない。そういったことを考えさせられる一曲だ。

人生での出会いや別れをシンプルな言葉でJJJが歌い、STUTSのトラックがそれをやさしく包む。

サカナクション 『ユリイカ』
—存在しないはずの永遠が終わる

▶︎story
朝がくるたびに掌が汗ばむほどの焦燥を感じる。
駅に向かう人々の歩みはとても早くてゆっくり歩いて行くことは認められない。
早く歩くこと、周囲との調和をとること、頑張ることを強要される社会だ。
焦燥感が再び顔を出し、私は深呼吸してからイヤホンを耳につっこむ。そしていつか平等に訪れるはずの永遠の終わりを妄想する。東京という街もやがて無になるのだろうかと考え、なればいいなとちょっとだけ本気で思った。
サカナクションが耳元で歌い始めた瞬間にドアが閉まり、電車がゆっくりと走り出す。

東京のことが好きなのに、東京にいると虚しさを感じる時がある。そういう微妙な「虚しさ」を直接的ではないのに楽曲全体で如実に表現していて、そういったいい意味で遠回しな感じはサカナクションにしか出せない個性だと痛感した。

(文/撮影・望月柚花)