フェティシズムという言葉の真意はさておき、現代でいう「フェチ」の感覚は音楽にも存在する。わたしの場合、男性ボーカリストがところどころで声を裏返す、独特の歌い方にグッとくる。
ファルセット? チョーキング? ヒーカップ? ヨーデル? 適切な専門用語がわからないのでどなたか教えてほしいのだが、とにかくあの「裏返り唱法」が魅惑的なアーティストと、とりわけグッとくる楽曲を紹介する。同じ趣味をもつかたがいれば、胸の内でほくそ笑んでいただけたら幸いだ。
THE ORAL CIGARETTES
山中拓也
2010年結成、近年もっともブレイクしたバンドのひとつといえる通称オーラル。2016年リリースの2ndアルバム『FIXION』でがっつりハマり、ワンマンにも何度か足を運んだ。2017年の初めての武道館で彼は「自分の声がずっとコンプレックスだった」と語ったが、愁(うれ)いを帯びた楽曲たちの世界観を際立たせているのは間違いなく彼の歌声だと思う。
『通り過ぎた季節の空で』
頭サビから始まり、メロ、サビにいたるまで、1曲を通して地声と裏声の行き来を堪能できる名曲。潮の満ち引きのような抑揚は、切ない春の情景が浮かぶ歌詞によく似合う。4月9日にInstagramに投稿された弾き語りの動画もぜひ。
『Color Tokyo』
4月末にリリースされた5thアルバム『SUCK MY WORLD』収録曲。JAPAN JAM 2019で初めて聴いたとき、ホーン隊のアンニュイなイントロとその後の大胆な転調に、オーラルの新境地を見たような気がした。問題の箇所はAメロやサビで確認できるが、個人的に好きなのは、2番のAメロ出だしの「向かって行く」の「か」。消え入りそうな「か」がすごくいい。
キタニタツヤ
1996年生まれ、ボカロP「こんにちは谷田さん」としても活動していたシンガーソングライター兼ベーシスト。東京大学文学部卒。闇を感じさせる曲の中に新鮮なリズムやサウンドが散りばめられていて、鋭く響く高音に潜む裏返りが魅力。バンド以外のアーティストに久々にハマっている。
『悪魔の踊り方』
1stアルバム『I DO (NOT) LOVE YOU.』収録曲。サビ頭「お前らに」の伸びやかな裏返りがやみつきになる。キャッチーなリズムと刺激的なリリックが耳から離れなくなる曲で、Twitterでは本人がドキッとするようなコメントを添えていた。「承認欲にレイプされ」なんて歌詞、逆立ちしても出てこない。
『クラブ・アンリアリティ』
長めの裏返りがお好きならこの曲を。出だしから優しいファルセットに浸ることができる。2019年リリースのミニアルバム『Seven Girls’ H(e)avens』のラストを飾る、自然と体が踊り出してしまうようなミドルテンポナンバー。
ノスタルジック-ロジック
大野基洋
2006年結成、2013年メジャーデビュー。しかしながらその後Twitterもブログも更新が止まり、現在は消息不明…。もともと友人つながりで知り合ったバンドで、歌謡テイストが香る無骨なロックと、マイクのコードを腕にぐるぐる巻きつけて歌うVo.大野の歌声に心をつかまれた。一瞬だけ声をひっくり返す彼の歌い方は、巻き舌と相まってまさに唯一無二。
『砂時計』
重厚な8ビートの曲。嵐の前の静けさともいうべきメロ、そこからサビにかけての盛り上がりは鳥肌が立つほど。マニアックすぎて申し訳ないが、なかでもBメロ「どうか去り逝く人よ」の「か」の裏返りが最高にいい。
『UNITED』
『開運!なんでも鑑定団』のエンディングテーマにも起用されたメジャーデビュー曲。カラオケで見つけると歌ってしまう(歌詞を見なくても歌える)。感情のままにたたみかけるようなサビは一度聴くと忘れられない。裏返りはメロで多く聴くことができる。
Hello Sleepwalkers
シュンタロウ
2008年結成、Vo./Gt.シュンタロウとVo./Gt.ナルミの男女ツインボーカルバンド。通称ハロスリ。シュンタロウの声に目立った裏返りはないのだが、曲によって時折わずかに耳をかすめる「プチ裏返り」がいいアクセントになっている。ナルミの弾けるような高音ボイスも爽快。声は裏返らないが、全英語詞の『Jamming』という曲がハイセンスでカッコいい。
『午夜の待ち合わせ』
2014年リリースの3rdシングルであり代表曲。疾走感あふれるナンバーで、ところどころで鳴る予測不能なギターフレーズが印象的。Bメロ「焦る心を急かしただけ」の「こ」など、突如出現する裏返りは必聴。
『Bloody Mary』
2ndアルバム『Masked Monkey Awakening』収録曲。Aメロのシュンタロウの「slept」や「Tomorrow」で軽やかに裏返る感じがいい。ちなみに、掛け合うナルミの「to me」の語尾が裏返る感じもセクシーでいい。
LUNA SEA
RYUICHI
1989年結成、10年間の終幕を経て2010年に活動再開。小学生のときに音楽に目覚めたきっかけのバンドでもある。わたしの裏返りフェチはおそらくここから来ているのだろう。RYUICHI(河村隆一)といえば甘いハイトーンボイスをイメージするかもしれないが(それも魅力だが)、わたしが好きな裏返りポイントはむしろ、バンド初期の低音ボイスやシャウトの中に潜んでいる。
『Claustrophobia』
閉所恐怖症を意味する、1993年リリースの1stシングル『BELIEVE』のカップリング。終盤の「本を抱いていた」以降の、静寂を突き破るような歌声とともに現れる裏返りが好きだ。2018年のクリスマスライブでめずらしく披露され、メロを1オクターブ上げてアレンジしたRYUICHIの圧倒的歌唱力に心が震えた。
『FAKE』
4thアルバム『MOTHER』収録曲。サビに入る直前の、突き抜けるように裏返る「今」に「キター!!」と心が踊る。裏返りとは少し違うが、ラストの「見抜かれている」の「る」が下がる感じも、RYUICHIの歌い方の特徴のひとつ。ここにもグッとくる。
(文・三橋温子)