2019年11月9日(土)。京都二条にあるライブハウス「京都GROWLY」にて開催された、イトカムトビコの解散ライブ” it comes to become.”。この日をもってイトカムトビコとしての活動に幕をおろす彼らの姿を目に焼き付けようと、大勢のファンがライブハウスに詰め掛けた。優しさと寂しさが交錯するラストライブの様子を、メンバーへの独占取材の内容と合わせてレポートする。
明日に希望を見いだせない人へ、そこから抜け出せる数分間を
イトカムトビコというバンド名は、「It comes to become.(なるようになる)」という意味から名付けられたもの。どん底から這い上がるその時、変わろうと思うその時、最後の決心は、案外こんな少し投げやりな気持ちでいいんじゃないか。「なるようになる、大丈夫だ」と、背中を押せる音楽を届けたいという願いがその名前に込められている。
そんな願いをベースに、「明日に希望を見いだせない人へ、そこから抜け出せる数分間を。」という思いで音を紡いできたイトカムトビコ。自分たちの思いを押し付けることなく、あくまで自然体で聴く者に寄り添ってきた。
そうした彼らの音楽に共感し、励まされ、救われ、背中を押されてきた人たちがこの日、彼らの最後の姿を目に焼き付け幕をおろす瞬間を共有しようと集まった。
ライブハウス内を埋め尽くすファンを前に、イトカムトビコのラストライブが静かに幕をあける。
1曲目『飛べない理由』。入場のSEから流れるように始まったこの曲は歌から始まる楽曲であり、何物にも代えがたい自分達の思いをイントロで前置きすることなくストレートに届けてくれる。
スモークで満たされた空間に後ろから照らされる青を基調とした照明。響き渡る優しい音色と歌声が会場を包み、観客をイトカムトビコの世界へと誘う。
そして2曲目『タイムリミット』、特徴的なリフのギターイントロから始まる3曲目『ふたりよがり』と続く。
イトカムトビコは自分達だけのものじゃない。だからワンマンライブはありえない
4曲目『フォールアウト』が終わったところで、七燈(Vo./Gt.)が静かに語り始める。
「改めまして、集まってくれて本当にありがとうございます。イトカムトビコですよろしくお願いします」
歓声で満たされる会場。イトカムトビコのライブでは恒例となっている、この次の曲『星流し』の前に入るMC、通称「星流しトーク」である。
「あっという間にこの日になってしまったんだなって。この日が一生来ないんじゃないかっていうフワフワした感じだったんですけど…来たなって…。今日の1バンド目、Gueが始まったとき我に返って、あ、今日解散するんやって感じました」
七燈(Vo./Gt.)自身、またイトカムトビコ本人たちですら、ライブが始まったこの瞬間もまだ「解散」という事実が現実味を帯びていないことがうかがえる発言だった。
「私たちが4年間活動してきた中で、今日出てくれた4バンドにはめちゃくちゃ支えてもらいまくったんです。だから、イトカムが解散するってなったときにワンマンしなかったのは、今あるイトカムがひとりでステージに立ってひとりで終わるなんて全然ありえなくて、だから今まで支えてくれたこの4バンドを呼ぼうってなって。結構急だったんだけど、声掛けたら出てくれて、本当にこの4バンドには感謝してます。ありがとうございます」
もしワンマンライブを開催すれば、会場をいっぱいにするだけの実力と人気は間違いなく持っているバンドである。しかし、かたくなに彼らはワンマンライブを開催して来なかった。その思いは、解散ライブにおいても貫かれていたのだ。
この日は、ワンマンライブではなくイトカムトビコを含む下記5バンドが参加するライブイベントだった。
- Gue(@guekyoto_gue)
- the McFaddin(@the_mcfaddin)
- work from tomorrow(@work_f_tomorrow)
- the seadays(@the_seadays)
これらは七燈(Vo./Gt.)の言う通り、イトカムトビコ自身がキャスティングしたバンド。これまでともに京都の音楽シーンを盛り上げてきた、言わば戦友たちだ。
そんな戦友たちとともに、ラストを迎えたかった理由。なぜワンマンライブをやって来なかったのか、ラストライブもなぜワンマンライブではないのかという理由。七燈(Vo./Gt.)の口から直接語られたその思いは、会場内で見届けていたファンをはじめ、対バンしたバンドたちからも拍手をもって迎えられた。
イトカムトビコは自分達だけのものではない。
これは対バンした4バントだけにとどまらず、照明や音響、撮影を行うスタッフや、ファンに対しても向けられていた思いである。そんな包み込むような優しさがイトカムトビコの魅力であり、原動力であったことを感じさせてくれた。
MCのあと、イトカムトビコ初期から存在する『星流し』に続き、『9秒間の浮遊』『遺譜』『3月の蕾』が演奏され、確実に終焉に向かう空気感を会場にいる誰もが感じていく。
終わってほしくない――
そんな思いが心を満たしていく不思議な感覚を全員で共有するという、言葉では表現することができない時間が流れた。
みんなに対する「ありがとう」が私の身体に詰まっている
「一瞬でここまで来ちゃったんですが、次で最後です」
8曲目『3月の蕾』の演奏が終わると、最後のMCが始まった。
「これがね、レコ発とか次がある、次に向かって進んでいくライブだとしたら、アンコールをやって戻って来たいんですが…解散なので一度ステージを降りたら上がってこない方がいいなって思って。だからアンコールはなしにします。だから、最後の曲に全部込めようと思います」
筆者自身、予定調和なアンコールには懐疑的なところがあるのだが、この時ばかりは「アンコールでもいいからもっと見ていたい」と思った。おそらく会場にいた誰もが思ったことだろう。しかしそこは潔く、最後まで一気に駆け抜けることを選んだ彼らの決意の固さを感じた。
「朝から今日、ずっとフワフワしてて。薬飲んだ時みたいな。いつか終わりがくると思ってたんですけど、終わる日にこれだけたくさんの人が来てくれて、イトカムを知ってくれて、とっても幸せだなって思います。本当にありがとうございます」
時折言葉を詰まらせながら、思いを紡ぐ七燈(Vo./Gt.)。切なく透明感のあるその声は、その場にいた全員の心に染み渡っていった。
「まだ半分信じられないんだよな私。あんまりわかってなくて、え?本当に?って感じなんだけど、本当なんだなって。終わっちゃうな…どうしよう…最後の曲、やりたくないな…。
うまく言えないけど、なんて言えばいいかわからないけど、本当にみんなに対するありがとうが私の身体に詰まりまくって言葉が出てこないんだけど、私たちは4人でステージに立ってきたけど、めちゃくちゃいろんな人に支えてもらってました。その人たちにも感謝を込めてだし、知ってくれた人みんなにも感謝を込めてだし、本当にみんなにありがとうございます。
本当に、4年間ありがとうございました。最後にこの曲を演って終わろうと思います。ありがとうございました。イトカムトビコでした」
イトカムトビコとして演奏する最後の曲『最後の部屋で』。彼らの「名残惜しい」という思いが滲むような音が、声が響き渡り、ファンの胸を締め付ける。
静寂と激しさが同居するこの曲の残響とともに、イトカムトビコは4年間に及ぶバンド活動に幕をおろした。
「イトカムトビコ」というひとつの物語が迎えた結末
高い演奏力と表現力で、その唯一無二の世界観を紡いでいきたイトカムトビコ。彼らが巻き起こす静かで大きな波は、たくさんの人の心をつなぎ、共感を得て、どんどん広がっていった。
そんな、壮大な物語が迎えた終焉というひとつの結末。
「解散=終了」ではない。
彼らが世に生み出した楽曲たちは、これからもファンの中で生き続け、様々な場面でたくさんの人を支え続けることだろう。これほどまでに素晴らしい物語を紡いで来たイトカムトビコメンバーそれぞれの、今後の活躍を期待してやまない。
イトカムトビコから最後のメッセージ
解散ライブを終え、様々な人たちと一緒に旅をしてきた「イトカムトビコ」という大きな船を降りた彼らに、今の心境やミュージシャンとしての今後の活動について話を聞いた。
七燈(Vo./Gt.)
解散をする日まで、目一杯イトカムトビコの事だけを考えていたいと思い、解散後の活動については何も考えてきませんでした。
『星流し』の歌詞そのものの考え方で生きてきたので、幸せを感じるたびに苦しくなり、逃げてしまう癖のようなものがあるのですが、解散ライブのステージで、私は心から、生きていて良かったと思いました。そしてそれは、人生で初めて感じた事だということを知りました。
これから鳴らす音があるとするなら、その全てにイトカムトビコが存在し続けるだろうと思います。
藤田欣也(Gt.)
自分は今はまだこれから先のことは考えていません。でもこれからの生活で音楽と離れるということはないのでまたどこかでギターを弾いていると思います!
イトカムで得たものを活かして誰かの心を震わすような音を鳴らし続けていきます!
西村創太(Ba.)
僕という人間にとって、たくさんの大事なことや貴重な経験ができた2年間でした。これからの僕の音楽の中でイトカムトビコという存在は深く鳴っています。これからもよろしくお願いします。
伊藤おわる(Dr.)
いまはまだ今後展望等は決まっておりません。ただひとつだけ、最高の音楽と仲間と出会わせてくれたことは間違いなくて、それが今後の僕の音楽人生に繋がればと思っています。
(取材/撮影/文・倉田航仁郎)
TODAY’S SET LIST
- 飛べない理由
- タイムリミット
- ふたりよがり
- フォールアウト
- 星流し
- 9秒間の浮遊
- 遺譜
- 3月の蕾
- 最後の部屋で
PROFILE
イトカムトビコ
同じ大学の音楽サークルに在籍していた七燈(Vo./Gt.)と藤田欣也(Gt.)を中心として、2015年2月から活動開始。2017年にリリースした1st.EP『星流し』をはじめとした音源のリリースや、MVの公開、各種ライブへの出演、また様々なバンドのオープニングアクトを務めるなど、京都を中心に精力的な活動を続けてきた。2019年11月9日(土)、京都二条のライブハウス「京都GROWLY」でのライブをもって正式に解散。
※リリースされた音源は順次SOLD OUTとなっていっているが、2019年11月現在、1st.EP『星流し』、1st.single『最後の部屋で』がこちらでまだ購入可能なので、早めに注文することをおすすめする(サブスクリプションも聴けなくなる予定)。