いくつもの音が重なって、ずっと頭の中で鳴っている。
じっと耳を傾けていると意識と身体の境界線が溶け出すのがわかる。どこまでが私で、どこまでが私ではないのかが曖昧になる。それは甘やかに美しいが、少しだけ心がざわりとする。
太田ひなは1996年生まれのシンガーソングライターで、15歳より作曲を始め、2015年から都内を中心に精力的にライブ活動を行なっている。静かで美しい湖の底が見えないように、綺麗なのにその最深部に何があるのかがわからない。彼女の音楽にはそんな印象を受ける。
今回は太田ひなの音楽を形作るもの、そして彼女自身のこれまでとこれからについて話を伺った。
弾き、歌い、音楽を作ること
——高校生から作曲を始められたそうですが、太田さんが音楽に興味を持ったのはいつごろでしたか?
明確なきっかけというよりは、音楽に対する漠然とした興味はずっとありましたね。幼少期からピアノを習ったり中学校では吹奏楽部に在籍していました。
——作曲をしてみようと思ったきっかけについてもお聞きしたいです。
中学2年生くらいから高校半ばまでボイストレーニングに通っていたのですが、その時の先生にすすめられて同時に作詞作曲の基礎も習いました。
——ボイストレーニングと並行して作詞作曲を学ばれていた当時に制作されていたのはどんな楽曲だったのでしょうか。
高校時代に作った楽曲は内向的な内容が多かったと思います。誰かの音楽を参考に作曲するということはなく、日記的な内容でストレス発散として作曲をしていました。
——当時と現在の太田さん、楽曲制作スタイルの違いはありますか?
昔は本当に日記みたいな曲を作っていたのですが、今はすべての楽曲が必ずしも自分を題材にしているわけではないですね。浮かんだ曲の断片や歌詞の内容は日常的に集めてストックしています。
——作曲についての具体的な流れについてもお聞きしたいです。
作曲を始めた時からずっとピアノで楽曲を作っていて、コードと歌詞を同時に作るやり方が多いです。歌の響きやニュアンス、流れを大事にしています。
——今のお話から太田さんの作る音楽の心地よさというか、響きの美しさやニュアンスの繊細さがとても緻密な工程でできていくものなのだと納得しました。
そうですね。最初に「ここの部分にはこの母音が欲しいな」「こういうニュアンスの言葉がいいな」といったことを考え、音だけで録音して後から歌詞をはめていくこともあります。
弾き語りソロ編成ライブと、バンド編成でのライブ
——太田さんがライブ活動を始めたのは2015年だそうですが、そのきっかけについてお聞きしたいです。
大学に入ったらライブをしようということはずっと決めていて。その当時大宮近辺に住んでいたので、ライブハウスのヒソミネにSoundCloudの音源を送ったことがきっかけですね。
——2015年から精力的にライブをされている印象ですが、ライブの時はどのようなメンタリティーで臨んでいますか?
私は弾き語りの時、エゴや自我が出過ぎるライブをしたくなくて。こう見られているといいな、ここでは大袈裟に動いたらひき付けられるな、といった意識が大きくなりすぎてしまうのが一番嫌なんです。
でも、それはバンドでライブをするようになってから解消された感じがしています。バンドはショーとしてお客さんありきで大きなところや外へ向けてエネルギーを出しているので、パフォーマンスとしての見せかたが自然にできるようになったと思いますね。
——両方の形で表現することによって変わったのですね。
そうですね。弾き語りだけをしていた時はすごく悩んだけれど、弾き語りとバンド、両方違うメンタリティーで表現できるようになって、今はいい意味で使い分けができるようになったと思います。
音楽だけではない、太田ひなを形作るものたち
——太田さんの書いた歌詞を見ていると、本をよく読んでいる人の書く歌詞のような気がしました。
昔から本を読むのは好きですね。小説などから影響を受けたり、着想は得ているかもしれません。
——小説家で特に影響を受けた作家はいますか?
作家の西加奈子さんの作品は大学入学後にすごくのめり込んで読んでいました。最近好きで読んでいるのは村上春樹さんの作品。それから、江國香織さんも好きです。
——その中でも特に好きな作品名をぜひお聞きしたいです!
西加奈子さんの作品でいちばん好きなのは『あおい』ですね。江國香織さんの短編集『すいかの匂い』、『神様のボート』も素敵な作品です。『神様のボート』は人生史上好きな小説のトップ3に入る作品だと思っています。
——太田さんの音楽に近い作品ですね。雰囲気というか、流れている空気というか。
近いでしょうか?(笑)なんだろう、具体的すぎずわからないものはわからないまま残しておく、読後に頭に残る一場面がある小説が好きなんだと思います。
——小説以外で好きな作品はありますか?
映画はここ1~2年でよく見るようになって、色々見ています。好きな映画は『ファントム・スレッド』『わたしを離さないで』『アメリカン・ビューティー』『ミスター・ノーバディ』など、わりと洋画が多いかもしれません。
人生で初めて衝撃を受けた映画は高校生の時に観た『誰も知らない』で、役者が演技をしていることを感じさせないリアルさに驚きました。作中の人たちがちゃんと生きている感じというか…。
——ちなみに創作物の好きな終わり方はありますか?
ハッピーエンドとバッドエンド、どっちだろう、難しいですね。創作物の終わり方は完璧じゃない終わり方というか、わからないことはわからなくてもいいし、できないことはできなくてもいい、そういった余白のあるエンドが好きですね。
——余白のあるエンド、なんとなくわかります。こちら側の想像の余地があるというか…。
そうそう、そういう余白です!
詳しく言うと、たとえば「ポップなもの」とはなんだろうと思う時、日の丸のようなものを思い浮かべるんです。それは必ずしも華やかだったり派手なものではなく、見せたい一点がちゃんとあって、でもそこに余白があるものですよね。物語もそれと同じで、見ている人の想像の余地を残しつつ見せるべき点が決まってるというか…そういう余白があるものが好きです。
ファーストアルバム『Between The Sheets』について
——昨年リリースされたファーストアルバム『Between The Sheets』についてですが、こちらはどのようなアルバムでしょうか? テーマやアルバムの構成などについてお聞きしたいです。
ファーストアルバムの収録曲は、以前から作っていた曲と、プロデューサーの森大地(Aureole・Vo/Gt/Prog/Songwriting)さんと一緒に作った曲、自分がアルバムに入れたくて作った1曲で構成されています。
『ロマンス』『Lush』『甘いミルク』は森さんと制作した楽曲ですが、それらには明確なコンセプトがありますね。J-pop寄りではなく、音楽的な要素が強い楽曲になっています。
——プロデューサーに森大地さんを迎え、活動スタイルをピアノの弾き語りから転換した心境はどのようなものだったでしょうか。
今まですべてを自分一人でやっていて、誰かと意見を出し合いながら楽曲を作ることをしてこなかったけれど、このアルバムで初めてそれを体験できたこともかなり大きな出来事でした。それまでずっとやってきたスタイルを変える怖さはもちろんありましたが、わくわくした気持ちも大きかったです。
——活動スタイルだけではなく、このアルバムが出たことによって変わったことはありましたか?
バンド編成で歌うこともアルバムが出て初めて経験して、色々なことが大きく変わりましたね。『Between The Sheets』が出る前は自分の内側にあるものだけで音楽を作っていたような感じだったんです。外に興味があまりなく、音楽的なロールモデルもいなかった。でもこのアルバムを作ってから外に興味を持つようになり、今までよりもずっと多くの音楽を聴くようになったんです。
——その時聴いていたのはどんな音楽だったのでしょうか。
とても影響を受けたのがSecedeの『Tryshasla』というアルバムで、これはアンビエントなんですけど、すごく集中して聴く音楽の聴き方というか…今までとは違う音楽の聴き方を知りました。あと「こういう質感・ニュアンスのあるアーティストが好き」という、自分の好みに気づくきっかけにもなりました。
——多くの変化があったんですね。でも、いい意味で太田さんの音楽は弾き語りでもバンドでも別のものという感じがあまりしなくて…。なんというか、どの活動形態をとっても音楽は同じ地面に立っている印象を受けます。
そうなんです! 大きく変わったこともありますが、それでも音楽は同じ地面に立っていて、地続きなんです。
現在立っている場所から、これからの音楽活動を考えること
——ライブハウスのヒソミネで完全予約制・座席指定を取り入れてライブをされていましたが、2020年、コロナ禍の最中のこの状況を太田さんはどう感じていますか?
ヒソミネでのライブはなんだかプレミア感があっていい場になりましたが、それと同時にこの状況をどうにかしたいという気持ちは大きいですね。
配信ライブはライブの完全な代替にはならないし、形式自体は盛り下がり気味で現状それに代わるような新しいコンテンツもまだありません。それでも、音楽に携わる一人の者として、配信の仕方などのやり方や音楽業界にとってどうしていけたらいいのか、様々なことについて考えています。
——現在の不安定で制限された状況下で、これからの活動についての考えをお聞きしたいです。
家にいる時間が長い状況下で自分自身も聴く音楽が変わってきたのですが、刺激的なものよりも聴く人が緊張せずにずっと聴いていられるような音楽、優しくてやわらかくて綺麗な音楽を作りたいと思っています。
——ありがとうございます。最後にリスナーへの一言をいただけますか?
時代とか流行りにとらわれず、私が美しいと思う音楽を追求したいというのが一番にあるので、「今の太田ひなはこんな感じなんだな」と思って見守っていてくださると嬉しいです!
(取材/文・望月柚花)
最新ライブMV公開中
太田ひな quintet – ダイニングルーム – NEPO Session
2020年5月30日にNEPOで行われた太田ひなの5人編成(サポートメンバー4人)バンド「太田ひな quintet」のセッション映像。
Director : 阿部友紀子
Drums:浜谷安里(花園distance)
Bass:岡崎竜太(LZ129)
Syn,Cho:川嶋成美(kokorokokoniarazu)
Mani:森大地(Aureole / Temple of Kahn)
PROFILE
太田 ひな(Hina Ohta)
1996年生まれの女性シンガーソングライター。幼少期よりピアノに触れ、15歳の時に作曲を開始。2015年にライブをスタートし、現在も都内近郊のライブハウスを中心に活動している。ライブではドラム、ベース、ラップトップなどを入れたバンド編成、ピアノ弾き語りのソロ編成、ソロ~少人数のラップトップミュージック編成など、様々な編成で行っている。2019年1月に初のフルアルバム『Between The Sheets』をリリースし、12月にはEP『Alphaville』をリリース。
活動開始
2015年
主な活動拠点
東京都
HP / SNS
公式サイト
公式Twitter @hina_ron
公式Instagram hina_ron