【eijunプロジェクト楽曲レビュー】THE BACK HORN菅波栄純が提示する次世代のJ-POPとは

池田 小百合

池田 小百合

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THE BACK HORNのギタリスト菅波栄純が、2021年4月より作詞・作曲・編曲家eijunとしてソロ活動を開始した。

THE BACK HORNは、1998年結成の男性4人組オルタナティブロックバンド。生と死を生々しく表現する姿がファンの心を掴んでいる。現在はメンバー全員が楽曲を制作するが、初期よりメインで楽曲制作を担ってきた栄純は、楽曲をリリースする度に常に新しい手法を取り入れている。その彼が自身の制作する楽曲の幅広さを「見せる収納」として提示するために立ち上げたのが、eijunプロジェクトだ。

バンド活動とは違い、当面は女性ゲストヴォーカリストを迎えたポップスを主体とするプロジェクトになるが、彼が持つ女性心理の描写力の高さには驚かされるばかりだ。さらに得意技である「切なさ」が、あらゆる形で全曲にちりばめられている。バンド活動の経歴を活かしつつも、その枠に囚われない次世代のJ-POPをどのように提示してくれるのか、今後も大いに期待が持てる。

本プロジェクトは、Twitter、TikTokなどのSNSを中心に活動報告が行われており、9月8日(水)には新曲「きみがじごくにおちるなら (feat. POCHI)」が配信リリースされる。今回は、それ以前にリリースされた5つの楽曲を詳細に解説していく。


TikTokで話題沸騰! キュン声ヴォーカル“さかな”のキラキラポップス

「あいしてぬ (feat. さかな)」
2021.04.21 Release

eijunプロジェクト第1弾の楽曲は、歌手で楽曲のミックスやマスタリングも行う“さかな”をゲストヴォーカルに迎えた「あいしてぬ (feat. さかな)」である。片思いの相手に伝えたい想いが溢れ出す、キラキラなラブポップスだ。

10代の女子の恋心を描いた楽曲は、同世代から多くの共感を得ており、TikTokでは20万近い再生数と100件以上のコメントを獲得している。タイトルのインパクトは強く、リスナーからの投稿のコメントでは「なぜ『あいして“ぬ”』なのか」と意味が議論されたり、eijunという新人アーティストを発掘した喜びから「古参アピールします」というコメントが多数寄せられたりと話題沸騰となった。

楽曲は冒頭から、“さかな”のキュンとするハイトーンボイスに圧倒される。女性でも多くの人がファルセットでないと歌えないような音域であるが、ゲストヴォーカルの声の特徴や音域を活かしてメロディを作るeijunの才能が感じられる。演奏面では、軽やかなパーカッションのリズムにeijun自らのギターが控えめに寄り添いながらも、ゲストベーシストであるペンギンラッシュの浩太郎のベースラインは、個性的な動きを見せている。

多くのティーンが共感した歌詞に着目すると、冒頭には〈コンビニで立ち往生/そもそも何が欲しいのかもほんとはわかんないよ〉とある。欲しいものはほとんど手に入るような今の時代、逆に何が欲しいのかわからなくなるという現代人の心理をよく表している歌詞だ。その後、〈君〉と一緒に流星群を見に行こうとするストーリーの中で、友達以上恋人未満という関係性を切なく描き、最後は〈そばにいて 大好きだよ〉と、打ち明けられない想いを流れ星への願いに込めている。

冒頭からずっと〈あいしてぬ〉と歌われる主人公の気持ちが、最後に〈あいしてる いつかしれっと 君に伝われ〉と、実際にもしれっと変わっている所が聴きどころだ。この想いが成就するのかどうかは曲中では描かれていないが、探検アニメの主題歌のようなストーリー性にドキドキさせられた。

ちなみに、途中で〈排水溝に詰まっていた羽根の折れた天使〉という衝撃的なフレーズが出てくる。これは、THE BACK HORNのメジャー1stアルバム『人間プログラム』に収録されている「ミスターワールド」の歌詞を引用している。THE BACK HORNとは音楽性が異なる「あいしてぬ」という楽曲が、バンドのファンにもポジティブに受け入れられた背景には、そのような細かい演出の効果もあったのではないか。ジャケットアートワークやMVに描かれている柳すえのイラストにも注目してほしい。ショートカットの女子の背中に生えた羽根は途中で折れているようにも見え、この歌詞を表現しているものと思われる。

「あいしてぬ (feat. さかな)」
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ラブコメへの想いを昇華した、学園ラブポップス

「らぶこめみ (feat. さかな)」
2021.06.02 Release

「あいしてぬ」から1ヶ月強でリリースとなった第2弾シングルは、引き続きゲストヴォーカルに“さかな”を迎えたドキドキ学園ラブポップスだ。THE BACK HORNとは真逆のベクトルにあり、eijunいわく「手元にある楽曲の中で一番振り切れている曲を選んだ」とのことである。

「らぶこめみ」というインパクトのあるタイトルは、ラブコメ風という意味である。eijunは無類のラブコメ好き。小学生の頃は、家でひっそりとラブコメ漫画を描いているような少年だったが、現在はSNSで堂々とラブコメ漫画を連載している。彼が幼い頃から愛してきた「ラブコメ」感や「胸キュン」感に、徹底的に向き合って生まれたのがこの楽曲だ。以前のインタビューで語っているように「歌詞は10割妄想」だからこそ、思い切り自由に「らぶこめみ」な世界を描けたのだろう。

〈Stay with me  そばにきて〉と、“さかな”の声が響くサビ頭は「胸キュン」感が溢れている。アレンジはアニソンを意識したそうで、イントロはシンセでキラキラ感を出している。Aメロの4つ打ちパートでは、前回に引き続きペンギンラッシュの浩太郎のベースがうねるようなグルーブを出しており、現役バンドマンが制作した楽曲であることがにじみ出ている。

歌詞の舞台は中学校の教室。誰もが経験したことがありそうなシーンから始まる。〈「教科書見せて」って君が近づく/いいよってそっけなく机くっつけて〉と、片思いの相手と机をくっつけるシチュエーション。その「らぶこめみ」にドキドキさせられる。キラキラした青春の1コマを切り取りつつも、〈Stay with me  そばにきて/こんなに伝えたいのに声になんないよ〉と切ない胸の内を明かす「らぶこめみ」なポイントもあり、さらに胸がキュンとなった。

リリースと共に同時公開されたINPINE作成のMVでは、a37が描くパステルカラーのイラストが使用されている。爽やかな男女のドラマを感じさせるキュートなMVも相まって、ラブコメのアニソンにふさわしい楽曲になったのではないか。

「らぶこめみ (feat. さかな)」
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キラキラな世界観から一転! 喪失感あふれるバラード

「君を、想う。 (feat. RINA)」
2021.07.07 Release

第3弾シングルは、ゲストヴォーカルに集団行動の齋藤里菜(RINA)を迎えて七夕の7月7日にリリースされた。「失って気が付く大切な時間に、会いたい想いが涙と共に溢れる」というテーマの通り、喪失をドラマティックにストーリー展開したバラードだ。

今回は、落ち着いた大人の女性のイメージを持つRINAの特徴や音域を活かすようなメロディとなっている。ベースは引き続きペンギンラッシュの浩太郎が弾いており、エレクトロな響きが特徴的だ。ミディアムテンポの中に響く、高音域の鉄琴であるグロッケンのような音色が印象に残る。

今までの楽曲がキラキラと光る「陽」なら、こちらは喪失という「陰」である。そして菅波栄純の「闇」の部分が色濃く出ている楽曲ではないだろうか。〈失うと 知らないままで/無駄にした 日々が眩しい〉という歌詞から始まる冒頭のワンフレーズだけで、1~2作目とは違って「もう会えない人」を想った曲であること、そしてこれから喪失の後の風景が描かれていくであろうことが伝わる。eijunプロジェクト3作目にして菅波栄純の真骨頂が発揮されており、THE BACK HORNを聴いてきた人なら、彼が得意とする「切なさ」のエッセンスを感じ取れるだろう。

個人的には、〈がまんする悪いクセ〉という歌詞が、THE BACK HORNの楽曲「いつものドアを」に出てくる〈我慢したあなたの分だよ〉という歌詞と重なり、バンド唯一と言える程の残酷な喪失の曲との共通点に気づきハッとした。

eijunは、主人公の年齢や髪型、どこに住んでいてどのような仕事をしているかまで設定を細かく作り込んだのではないか。例えば〈帰り道 髪をおろしたら〉と、髪をおろすシーンがあることから、髪の毛をまとめる必要のある仕事をしており、〈下校の時の子供の声〉を聴くことができるということは、休みが平日もしくは不規則な仕事なのだろうと想像した。また、ラーメン屋でラーメンだけでなく餃子と小ライスを注文する場面から、学生の時は運動部に所属しており、食事摂取量も多く、高身長なのではないかという部分まで想像できた。イラストを担当したumaが描く主人公は、シンプルな服装で、長い髪の毛を一つにまとめており、歌詞から想像する女性像が見事に描かれている。

曲に登場する〈君〉が、生きているのか、もうこの世にいないのかはわからない。だからこそあらゆる立場で「君を、想う。」という気持ちに感情移入できるはずだ。筆者自身は〈晴れた日に 君を、想い、/雨の音 君を、想う。/立ち止まり 君を、想い、/歩き出すその先に 君を、想う。〉というサビの歌詞から、自分が相手を想う気持ちだけでなく、会えなくなった人から想われているかもしれないという視点を想像することができた。だから、相手に元気でいて欲しいと願うと共に、自分も元気でありたいと思う。そんな気持ちを貰った曲だ。

「君を、想う。 (feat. RINA)」
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触れられそうな距離感が胸を締めつける、雨宿りフォーク

「雨宿りと君の気持ち (feat. YOCO)」
2021.08.04 Release

第4弾シングルは、ゲストヴォーカルにilliomoteのYOCOを迎え、フォークロックを現代風にアレンジしたバンド感溢れるアプローチの楽曲。片思いの相手と雨宿りをしているという至近距離の中で描かれた主人公の心像に、胸が締めつけられるラブソングである。

主人公はアコースティックギターを弾いているという設定。イラストレーター“いろひつ”が描く主人公もギターを背負っている。その服装は制服のように見えるため、きっと女子高生なのだろう。また、主人公はこの雨宿りのエピソードを後で曲にするという裏設定もあるようだ。

サビ頭から始まる今までの楽曲とは違い、イントロ後に歌が始まる構成。木琴のような響きから始まり、シンセが入り盛り上がりを見せるイントロ展開は新しい。そして懐かしさも感じる歌メロのバックにアコースティックギターとエレキギターの音色が絡み、新しいフォークスタイルになっている。

バンドサウンドになじんでいる筆者にとって、この楽曲は特に耳なじみがよく感じられた。その理由はすぐにわかった。THE BACK HORNの「夢の花」を彷彿とさせたからである。2番Aメロの後に間奏が入るという曲の構成、16ビート、バンドサウンドの中にアコースティックギターを聴かせるアレンジ、さらにはBPMも限りなく近いという共通点があるのだ。

個人的には、2番Aメロ後の間奏のギターソロからは、THE BACK HORNのライブで菅波栄純が演奏している姿がありありと浮かぶ。eijunプロジェクトでは意図的に控えめにしているように見えたギタリストとしての自我を、この曲では思い切り解放しているように感じた。

歌詞のディテールへのこだわりを感じるのは、2番Aメロの〈跳ねた泥を拭いて/寝癖を直して/顔を上げたとき/君が見つめてた〉という部分だ。寝癖という歌詞から、通学途中に〈君〉と出会ったのだろう。雨が止んで出発しようとする直前の一番キュンとするシーンである。

この雨宿り中の片思いの歌は、YOCOの声に合っている。この曲を“さかな”が歌ったら、可愛くキラキラとした輝きが生まれて別の魅力を持つだろう。一方で、YOCOの持つ憂いと湿度を含んだような声は、雨宿りをしている空気を醸し出すことに成功しているように思うのだ。

TikTokでは、これまでにリリースされた楽曲のスピンオフ曲が投稿されている。「雨宿りと君の気持ち」も、主人公が雨宿りの後に作った楽曲という設定のスピンオフ曲が公開される可能性もあり、要チェックである。

「雨宿りと君の気持ち (feat. YOCO)」
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TikTok発!〈ほにゃらら〉が連呼される曖昧ドラマ

「ゆうても曖昧だ (feat. さかな)」
2021.08.25 Release

急遽リリースが決まった第5弾シングルは、eijunがTikTokに原案として投稿している未発表曲の中で、特に反応の多かったこの楽曲。今回のMVとイラストはeijun本人が担当している。

テーマは「男女のドラマをキャッチーなバンドサウンドに乗せて、ロマンチックな女子の本音を描く!」。バンドマンの男子である〈君〉が楽曲制作時に見せる曖昧さに、主人公の女子がツッコミを入れるという、曖昧で微妙なバランスの楽曲だ。歌詞は韻を踏んでおりキャッチーでポップである。

主人公が楽曲制作する〈君〉の姿を近くで見ているという距離感は、彼女という立場に限りなく近い。eijunプロジェクト初の両思いの曲かと思いきや、リリース後にeijunがSNSで「『あいしてぬ』の主人公が告白したのに曖昧な相手の態度に腹が立つ。。。そんな気持ちを表現しています!」と楽曲の裏設定を掲載。主人公が〈君〉に一番ツッコみたかったのは、二人の関係の曖昧さだったのだ。

ゲストヴォーカルには、1~2作目を担当した“さかな”が再度登場。曖昧な歌を可愛くリアルに歌い上げるポップチューンとなっている。〈ゆうても曖昧だ 曖昧だ いっつも君の歌〉という頭サビから、“さかな”の甘く可愛い声が耳になじむ。バンドアレンジにピアノソロが慌ただしく鳴るイントロからは、疾走感が出ている。

Aメロの〈Bm Em そんでその次が/曖昧なんだベースとギターが探り合ってる〉というコード進行は、実際にBm Emである。そして〈探り合ってる〉時のベースラインはうねりを出して探り合う様子を表現しており、非常に面白い。一方で2番Aメロでは、あえてベースの音を省いている。〈Bm Em 次が決まってない/チョーキングをしまくってごまかすしかない〉という部分で実際にチョーキングが入るというオチなのだが、その音が引き立つよう引き算しているのだ。

注目すべきは、歌詞ではあまり見かけない〈ほにゃらら〉というワードの使い方だろう。まず、主人公が〈君〉に〈大事なとこをほにゃららで歌う人間 はじめてだ〉とツッコミを入れる、〈ほにゃらら〉というワードが最初に出てくる部分の“さかな”の歌い方が妙にリアリティがあり、面白い。次のサビで〈ほにゃららやめて 笑うから〉と歌われると、実際に笑ってしまう。また、後半に展開がガラッと変わるパートで始まるのが「〈ほにゃらら〉の擬人化」。聴いていると、ほにゃららが歩いてきそうだ。そして、〈サビさえ歌詞が足りなくて/大胆にねじこんだ コール&レスポンスかます〉とツッコミを入れていた主人公も、その曖昧さがだんだんクセになり最後は〈ほにゃらら〉と〈おーいぇー!〉のとりこになっているのである。

一度聴いただけでサビを口ずさんでしまう程に、中毒性の高いトラックメイク。そして、ここまで緻密に曖昧さを描くことのできる表現力。これが20年以上にわたり音楽と向き合ってきたeijunの、作詞・作曲・編曲家としての強みなのであろう。

「ゆうても曖昧だ (feat. さかな)」
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(文・池田小百合)


PROFILE

eijun

THE BACK HORNのギタリスト・菅波栄純が作詞・作曲・編曲家として、 ソロワークをeijun名義で開始。バンドでの活動の枠に囚われずに、菅波がこれまでのキャリアで得た様々な音楽体験を自由に表現する作品を発表していくプロジェクト。

Twitter : https://twitter.com/eijun2021
YouTube : https://www.youtube.com/channel/UCx9xkrWwyjpcN2dHK1wqs0A
niconico: https://www.nicovideo.jp/user/42441839
Instgram : https://www.instagram.com/eijun_21
TikTok : http://www.tiktok.com/@eijun21

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