【さいわいな部屋】「影の側面があるから安寧があると思う」健全であることの難しさを照らす柔らかな光

横堀 つばさ

横堀 つばさ

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家。それぞれの帰る場所として機能するべきこの存在は、我々に安らぎを与えてくれるだろう。一方その安心は、目を凝らせば見えてくる不均衡の上に成立しているのも事実。ソロプロジェクトや数多の楽曲のカバーなど、異なる音楽街道を通ってきた3人が集い、2024年に結成されたバンド・さいわいな部屋は、こうした営みに潜む和らぎと憂鬱を描いている。

2025年2月5日(水)にドロップされた1stアルバム『すこやかな寝台』で活動を本格化させた彼らに、これまでの活動との違いや、「さいわい」や「すこやか」といった言葉に込めた思いを聞いた。


これまでの歩みを混ぜ合わせて生まれるさいわいな部屋の表現

もともと私のソロプロジェクトでみささんに歌とギター入れをお手伝いいただいたことがあり、演奏力は言わずもがな、フレージングのセンスにも非凡なものを感じていたんです。そのプロジェクトは思いついたデモをすぐさま形にしていく方針だったため、インスタントな側面が強かったのですが、みささんのスキルとセンスをこの形で消費してしまうのは勿体ないと感じ、新たにバンドを始めることを打診しました。

ベースを誰にするかを考えた時、最初に思い当たったのが大学時代のジャズ研の先輩であったMasayaさんで。ダメもとで声をかけてみたところ、快く引き受けてくれたことでさいわいな部屋の結成に至りましたね。(Kai Utsunomiya -Dr.)

2024年に生まれたスリーピースバンド・さいわいな部屋。

さまざまなバンドで作詞作曲やドラムを担いつつ、ソロでも活動しているKai Utsunomiya(Dr.)、missanacht名義で活動を展開するみさ(Vo./Gt.)、ジャズを筆頭にカバー動画で耳目を集めているMasaya Fujimoto(Ba.)の3人からなる同バンドは、彼らにとってこれまでの活動と地続きのものでありながら、独立した色を混ぜ合わせ、思いのままに表現へ取り組む場として機能している。

これまで活動してきたバンドでは、自身で全て決めてしまいたいタイプということもあり、自分主導での運営や曲作りを経験してきました。ただ、さいわいな部屋は、自分発信のアイデアに2人のセンスを馴染ませて活かしてもらう、あるいは2人から発信されたアイデアに自らのセンスをさりげなく馴染ませる擦り合わせの場だと考えています。3人がイーブンな立ち位置で意見を発信できる場にしたいなと。(Kai Utsunomiya)

曲作りなどに向き合う気持ちはソロ活動と大きく変わりませんが、単純に自分以外の人が2人いるので心強いです。まったく手癖がかぶっていないのもあるし、自分だけではできない案を沢山出していただける。

たとえば「望海団地」という楽曲について言うと、最初はピアノとコーラス程度しかない状態だったのですが、その時点のイメージを保ちつつ、何倍も分厚く補強してくれるアレンジになりました。お任せした結果そうなったのが嬉しくもありながら、原案を出している身としては甘えだと思うので、ちゃんと言葉にして伝えられるようにもなりたいですし、その重圧はソロ活動にはない部分ですね。(みさ -Vo./Gt.)

自分の今までの音楽活動はジャンルの特性もあり、レコーディングや作曲とはほとんど無縁に近しいものでした。しかし、今回作品を残す機会が生まれたことで、自分にとってこれまで積み重ねてきた経験を示す標石を建てることができたと思っています。

一方、活動シーンが異なる2 人とジャンルにとらわれないアイデアをぶつけていく中で、新たな変化の兆しが意識的にも無意識的にも発生しており、子供の遊び場のようだと捉えています。(Masaya Fujimoto -Ba.)

安寧に潜む不安を描く1stアルバム『すこやかな寝台』
「さいわいな庭」
(1st album『すこやかな寝台』より)
さいわいな部屋


そんなさいわいな部屋が2025年2月にドロップした1stアルバム『すこやかな寝台』は、みさのほのかに揺れる歌声やフラジャイルなアルペジオが安寧と不穏の境界線へと誘う1枚だ。

Kai Utsunomiyaは自身のソングライティングについて「私の場合は土地をヒントにして作曲することが多く、感情面で何かを込めることがない無機質なスタイルで作曲します」と語ってくれたが、本作は廃ビルや誰も住まなくなった家屋のよう。まだ瑞々しく建ち並ぶ家々の中に突如として出現する喪失の証は、当時の気配を内部に留めながら物憂げな表情をみせる。と同時に、空になる前の暮らしといずれボロボロになっていく自らの日々をイメージさせる。

新たな季節の到来を告げる真新しい壁紙と取り残された家具たちによって、異なる時間が同居する空間を生み出し、ちぎれそうな別れを示唆する「さむい夜に」や、白い住宅が軒を並べる風景を思い起こさせる「ニュータウン」をはじめ、得体の知れない何かがーーーもしかすると、それは見て見ぬふりをしている病や死、離別なのかもーーー生活を蝕んでいく過程がモノトーンな筆致で記されていく。

だからこそ、「さいわいな庭」から「就園」へと結ぶ帰結の美しさたるや。クレヨンで描いた世界が現実だと疑わなかった無邪気なあの頃を一方的に懐かしむのではなく、大人になってしまった今を受容し、かすかに残った無垢を守り抜くことを決めた眼の奥には確かな熱が宿っているはず。

1つの幸福を勝ち取るために無数の不幸を浴びねばならぬこの世界は歪だ。それでも。私たちは不可侵の領域から明日へ進んでいくしかなかった。

ジャケットの写真そのものですが、家というのは最終的にアルバムのひとつのテーマになったと思います。家庭・家族とかの意味はなく、物理的に不可侵な自分のテリトリー=安寧の象徴です。影の側面があるから安寧があると思うので、どこかしら不穏な雰囲気は忍ばせたかったです。具体的に言うと「ニュータウン」のイントロ等にあるリフとか。でもサビはちゃんと開けて、という不穏と安堵みたいな対照的なところが収録曲の多くにある気がします。(みさ)

パッと聞いた感じ明るく陽気に親しげに聞こえるが、生活に潜む通奏低音的な不穏さが隠されているというモチーフは非常に好みだったので、良いコンセプトに落ちつけられたと考えています。今アルバムでは、みささん原案の曲が多かった、かつ歌詞は完全にお任せしていたため雰囲気作りのディテールは委ねる部分が大きかったですが、そのアウトプットに違和感を持ったことはありませんでした。(Kai Utsunomiya)

コンセプトについてはもっぱら他のメンバーに任せていたところはありますが、各曲をそれぞれにみていくと人間の非画一的な在りようを表現することができたかと思います。一方でその拠り所には家があるということをアルバム全体で表している、そんな作品になったかなと。(Masaya Fujimoto)

幸いで、すこやかで。さいわいな部屋が綴る手のひらサイズの幸福

さいわいな部屋というバンド名や『すこやかな寝台』というアルバムタイトルは、手のひらサイズの幸福を祈る温もりを宿している。

〈額に飾った日に問いかけた場所で 忘れていいけど 塗り足すための記録を〉と思い出を掠れさせていく時の移ろいを受容し、次のステップへ歩み出そうとする「さいわいな庭」を筆頭に、彼らが各所で指し示している「さいわい」や「すこやか」。わずかな諦観を含んだこの言葉たちは、やたらめったらに大きすぎる欲求を満たそうとするのではなく、平穏に日々を過ごせる喜びを大事に守り抜くための姿勢を描写していくのだ。

「さいわい」や「すこやか」という言葉には無暗な幸福感ではなく、人の意志や意図によって維持されるポジティブな状態のようなニュアンスがあると考えています。年々、体調やメンタル、人間関係などが健全であることの重要性や難しさ、相互作用を実感しており、そうしたムードの中で、それらの言葉の響きがしっくりきました。

さいわいな部屋と『すこやかな寝台』、収録曲である「さいわいな庭」はわざと同じ言葉や似た語感、イメージで揃えていて。兄弟みたいで可愛いと思ったのと、バンドは良い意味でドライにやっていると思っているので、継続はもちろんしたいけれどもいつ終わっても傷つかない、このアルバムひとつでバンドそのものを含めて一旦完結したコンセプトにおさめておきたかった気持ちもありました。(みさ)

ディストピア的な社会で健全に生きる難しさや尊さをしたためた体温残るペンの跡と、土地を媒介に生じる武骨で危うさを孕んだサウンドメイキング。この双方が絡み合うことによって、冷たくも柔らかなさいわいな部屋の景色が立ち現れてくる。

私の作曲動機としては、訪れたことのある町や住んでいた所など、土地から着想を得ています。風景や土地の雰囲気を音に落とし込んでいるに過ぎないので、ここに伝えたい感情やメッセージは特に介在しません。

そのため、このバンドにおいて私原案で進める作曲過程では、文字通り地盤だけを提供して、その上で広がる世界観や抒情性を醸し出すことは歌詞担当のみささんに一任しています。(Kai Utsunomiya)

音楽を、あるいは音楽でどうしたいのかというと、伝えるよりは置いておきたいようなイメージが強いです。音楽を聴いて直接的なメッセージを自分事として受け取れたことが個人的にあまりなく、良いメロディやリフ、そこから浮かぶ心象風景など、言葉にできない部分みたいなものが救いとなってきたことが多かったので、それを重要視しています。

歌詞は一文一文みれば脈略がない気がしますが、歌詞も発音もメロディも各パートも合わさって全編通して浮かぶイメージがあると思っているので、そこに自分が感じていたような救いが見出されたら嬉しいですし、もちろん見出されなくてもいいと思います。(みさ)

作品の解釈は最終的には各個人に委ねられるものであるし、結成時から強いメッセージ性を持った曲を制作する趣旨のバンドではないことは各メンバーが念頭に置いたうえで進めてきました。ですが、強いて言うならば何かしらの形でリスナーの心に残り、発想を引き起こすような音楽を届けて行ければと思っています。(Masaya Fujimoto)

今後も音源制作に重点を置き、丁寧に活動を続けていくというさいわいな部屋。安寧を象徴する家から離れ、少しばかりの旅に出た3人の次なる目的地は、どこになるのだろうか。

(取材/文・横堀つばさ)


PROFILE

さいわいな部屋

2024年に結成されたスリーピースバンド。様々なバンドで作詞作曲やドラムを手がけるKai Utsunomiya、missanacht名義でソロ活動を展開するみさ、そしてジャズをはじめ多彩なカバー動画で注目を集めるMasaya Fujimotoという、異なる音楽的背景を持つ3人が集結。スリーピースというミニマルな編成ながら、繊細なピアノサウンドや予測不能なリズムフレーズを随所に散りばめ、緻密さと大胆さを兼ね備えたダイナミックな表現を実現。聴き手を驚かせ、時に心地よい混沌へと引き込む音楽体験を提供している。

メンバー

Kai Utsunomiya(Dr.)
みさ(Vo./Gt.)
Masaya Fujimoto(Ba.)

活動開始

2024年

HP / SNS

X @saiwainaheya

RELEASE
1st album
『すこやかな寝台』
さいわいな部屋

2025.2.5 Release

収録曲
1. ニュータウン
2. 望海団地
3. 偏光
4. 翌月の埠頭
5. さむい夜に
6. フラグメント
7. さいわいな庭
8. 就園

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