
東京都内を拠点に活動する4ピースバンド・in sea hole(インシアホール)。もともと弾き語りで活動していたかたがたゆい(Vo./Gt.)がkaitollex(Gt.)と出会い、スタートしたこのバンドは、2025年2月に四葉(Ba.)をメンバーに迎え、新たなフェーズの扉を開いた。
波の作用で砂浜に生まれる深い穴を意味するinshore hole(インショアホール)を意識して名付けられたというin sea holeは、クジラの鳴き声を彷彿とさせる、あるいは貝殻に耳を当てた時の波音をイメージさせる、体を包む隙間ないサウンドと温和なかたがたの歌声を轟かせるバンド。
2025年3月に丸井とまとの小説『世界の片隅で、恋がそっと息をする』へ楽曲を書き下ろすなど、その存在感を高めつつある彼らが、2025年5月に1stEP『月に泳ぐ』をリリースした。
「in sea holeの心臓です」とコメントしてくれたバンドの始まりの曲「浮かぶ」の再録や、ひんやりとした夜の気配をチルドした「月」、苦しみを押し殺した上に成立する優しさにハグをする大曲「あなたのうた」をはじめ、全5曲を収めた本作は、澄み切った夢と淀んだ暮らしをかき混ぜ、月光の照る湖に浮かぶかのような情感を醸し出している。バンド初のEPの水底に迫るメンバーコメントと全曲ライナーノーツをここに。
月
翳った心を欠けた月に重ねて
1stデモ『海の見えるあの街で』収録の「ハルノユメノトチュウ」や2024年7月リリースのシングル「moon street」を筆頭に、生ぬるい2人きりの静寂を描いてきたin sea holeが、夜の象徴と真っ向から対峙した一曲。本EPのタイトルと自身初の自主企画『火星不時着計画』の表題からも窺える通り、空間が充満するほどの星空を漂うようなギターサウンドが印象的なこのナンバーは、現在の4人の方向性を示唆している。
段々とスケールを増していくアンサンブルに導かれ、ブリッジミュートを基盤に据え、低音豊かに孤独を纏ったかたがたの歌声がキーを上げていく様は、コンクリートから瞬く星々へと視線を移したかのよう。〈月に咲いた花は枯れる〉〈ため息ついても 逃げる幸せ見当たらない〉と沈みきった暮らしの中、クライマックスの壮大なコーラスワークを背景に〈まだ知られていないあの星の名前 嘘をついたら美しく見えるのにね〉と、遥か遠くの地で歪な美しさを見つけ出していく。
リアルと幻想の狭間を彷徨うような歌詞だと思います。轟音のギターは歌詞の月や火星など宇宙の壮大さに合っている気がして気に入ってます。最後にみんなで歌っているパートがあるのも気に入っているところです。(kaitollex -Gt.)
元々想像して描いた曲とバンドサウンドが良い意味で全然別物になりました。どんどん進化していく感じを楽しみに聴いてほしいです。(かたがたゆい -Vo./Gt.)
とてもドラマティックに仕上がりました。ラスサビの後に別バージョンのサビがくる構成が名曲に多いという持論があったのですが、この曲もその構成の一曲です。(四葉 -Ba./Cho.)
イントロのギターの音から引き込まれ、頭に残るメロディー、歌詞、バンドサウンドがとても好きな曲です。(ワタナベタクヤ -Dr.)

惰性
怠惰な生活は続く
in sea holeの骨格形成においてカギを握る、子守歌を聴かせる時のような、あるいは風邪時に飲むスープみたいな、柔軟かつ平熱感を宿したかたがたのボーカリゼーション。彼女の歌唱が揺蕩う三拍子と絡み合いながら、ありふれた、しかし二度と訪れることはない1日を紡いでいくナンバーである。
「何に向かって誰に向かって歌っているのか、制作の中でピンと来ていなかった」とコメントするほどに想いのままを書き連ねた同曲には、〈いつまで いつまで偽ればいい なんてひねくれてるフリだけして〉〈いつまで いつまで笑えばいい 天国のような歌に縛られている〉と、逡巡だらけの生活がリアルに照射されている。
日常の億劫、退屈感が感じられる曲かなと。サウンドは軽快な三拍子のリズムで、日々の生活でどこか憂鬱を感じる人に寄り添うような曲だと思います。(kaitollex)
この曲は正直、何に向かって誰に向かって歌っているのか、制作の中でピンと来ていなかったのですが、惰性で作っているという事実から曲名を惰性にして生活感の出る曲にしました。(かたがたゆい)
既存曲の中で1番動くベースライン。ゆったりしているようでその空気感は憂鬱や気だるさから生まれているような、日常に寄り添った曲だと思います。(四葉)
この曲はゆったりとしたリズムもタイトなリズムもあり、身近な生活を感じると思います。(ワタナベタクヤ)

あなたのうた
膝を抱えたあなたと君へ
〈みんなの優しいに なれたのはあなただけ〉〈どうか忘れないで みんなあなたを愛している〉。どこまでも慈愛に満ちた言葉たちが、ひと際穏やかなボーカルと柔らかな演奏によって届けられていく楽曲だ。
笑顔の裏に潜んだ哀愁を感じ取りながらも体温で空白を埋めることを望む「予鈴」然り、溶け合った2人の世界における不安を綴った「ハルノユメニテ」然り、元来、幸福の影から顔を出す痛みや傷を隠した悲しい笑みを楽曲に収めてきた彼らが、些細なことに足を取られ続けている優しい人々をどストレートに抱きしめる。その意義深さにグッとくる大曲。
どこか切なさを感じさせる歌詞と静かに繰り広げられる展開。喜怒哀楽が入り混じるような間奏は音源越しでも感じやすいのかなと思ってます。是非、ライブで聴いてほしい一曲です。(kaitollex)
皆さんの大切な人を思い浮かべて聴いてほしいです。もし自分やその大切な人がどんな状況下に陥っても、少し暗い結果になろうとも、「誰も間違えてない大丈夫だよ」って自分に言い聞かせてほしいです。あなたと私たちがただ優しいだけです。(かたがたゆい)
加入前からある程度形ができていた曲ですが、レコーディングを通して感覚が掴めた気がします。音源とライブでまた違った聴こえ方になるのではないでしょうか。(四葉)
聴いていて心に沁みる歌詞がとても好きで、演奏していて泣きそうになる曲です。ライブで是非聴いていただきたいです。(ワタナベタクヤ)

バースデイ
言えなかったおめでとうを弔う
軽妙な四つ打ちのビートやリフレインされる<バースデイ>の一言をはじめ、in sea hole流のポップネスをふんだんに開放した作品。
とはいえ、〈四年前のあなたは何も知らない〉〈今どこかで泣いてるあなたに届け〉と過去と現在を対比させ、祝いを伝えんとするリリックは、時空間を超越する強靭な祈りであろう。いつの日か生命線が途切れてしまっても、思いを馳せることで歳を重ね続けられるのではないか。そう思わせてくれるほのかな甘さは、赤ちゃんの肌の香りに似ていた。
バースデイソングですが、歌詞から憂いみたいなものが見え隠れするのを、弾き語りを聴いた時から思っていて。とても暗いか、とても明るいサウンドにしようと思いました。その結果、キャッチーなポップソングになりました。(kaitollex)
生まれてこれなかった命について考える期間があって、そういう命ってハッピーバースデイって言われることないのかな、だとしたらそれはちょっと残酷だなと思いました。キャッチーでポップなサウンドと合わせて、悲しい現実から少し逃避している曲です。(かたがたゆい)
弾き語りが送られてきたときはin sea holeでは珍しいメロディーに聴こえました。とにかく明るくてポップな曲にしたいと進めましたが、良い意味でin sea holeに馴染んだポップソングだなと感じます。(四葉)
キャッチーなサウンドでありながら少し儚く切ない歌詞とメロディーが印象的で、何度も聴きたくなる曲です。(ワタナベタクヤ)

浮かぶ
私の世界は溶け出して混じる
本作の幕を下ろすのは、2023年に産み落とされた1stデモのオープニングを担った「浮かぶ」の再録バージョン。バンドとしての産声を上げたのち、信頼できる仲間を見つけ満を持してアップデートした同曲は、深いリバーブで奥行きを増した音像によって彼らの静謐な世界を、おそらく当初思い描いていた姿に漸近する形で出現させていく。
〈深夜のベッドで君と浮かびたい 浮かびたい 浮かびたい 浮かびたい〉としたためられた一節は、“泳ぐ”を名に冠した本EPとも共振。浮かぶこと、揺れること、身体の境界線を崩し、世界と混じり合っていくこと。不安定な営為の中で他者との共存をひたすらに願う価値観がin sea holeの根底に存在する事実を、高らかに宣言する始まりの歌。
in sea holeを組んで初めての曲だった気がします。波に揺られるように続き、静と動が入り混じる。in sea holeを象徴する曲、バンドと一緒に成長していく曲だと思います。(kaitollex)
多分はじめて本能で曲を作りました。作っている最中の記憶はないけど、in sea holeを始動するきっかけの曲なので財産です、in sea holeの心臓です。(かたがたゆい)
サポートに入る時点で、in sea holeの中で1、2を争うお気に入り曲でした。その感覚は合っていたみたいです。(四葉)
in sea holeを結成して初めて合わせたとても思い出のある曲で、初めて聴いた時に歌詞とメロディーの世界観にすごく感動した曲です。(ワタナベタクヤ)

(取材/文・横堀つばさ)
INFORMATION
RELEASE
in sea hole
1st EP
『月に泳ぐ』
2025.05.28 Release
全5曲収録
PROFILE

in sea hole(インシアホール)
東京発、2023年結成の4ピースロックバンド。都内を中心にライブ活動を展開し、同年3曲入りSingle『海の見えるあの街で』をリリース。2024年にはシングル5曲を発表。2025年に入り、作家・丸井とまと氏による小説『世界の片隅で、そっと恋が息をする』とのタイアップ書き下ろし楽曲『予鈴』をリリース。さらに同年5月には、5曲を収録した1st Mini Album『月に泳ぐ』を発表した。
オルタナティブな質感を感じさせるサウンドから、耳に残るキャッチーなメロディーまで。かたがたゆい(Vo./Gt.)の優しく儚い声が全体を包み込み、まるで静かな海底から生まれるような、繊細で美しい音を奏でる。
かたがたゆい(Vo./Gt.)
kaitollex(Gt.)
四葉(Ba./Cho.)
ワタナベタクヤ(Dr.)