
新世代やインディーズシーンに着目して「あたらしい音楽」を発掘するヂラフマガジンが、2026年の活動に注目したい期待の新人・若手インディーズアーティストを発表。音楽の趣味嗜好も年代も異なるライター陣が2組ずつ厳選し、それぞれの感性で魅力を綴った。
毎年実施している本企画だが、選出基準はただひとつ、ライター自身が「心から推せる」こと。熱の入った紹介コメントとともに、原石アーティストとの出会いをジャンルの垣根を越えて楽しんでほしい。
閻魔此れ虚
夜夜中、偶然出会えた不思議な倶楽部
選・OHATA

眠れない夜に、魅せられるアーティストに出会うことが多い。
眠れない夜に、貴方の虚像と会話することが多い。
それは誰にも言えない奇妙な出来事であるし、
それは誰にも言いたくない響心な出来事である。
夜、Instagramで出会った本曲に、心攫われてしまった。
「円都ブギウギ裏通り、チキチキ奇々怪々夜行ヒミツ倶楽部」をキャッチコピーに、神奈川県を中心に活動する閻魔此れ虚(えんまこれきよ)。松永知希(Vo./Gt.)と、 渡部広大(Ba.)が奏でる音楽は、聴いていると感傷でひたひたになってしまう。
2ピースオルタナティブロックバンドと謳う彼等は、楽曲表現の引き出しが兎にも角にも多彩で、本当に2人でやっているのかと疑問が浮かんだほどだ。
歌謡曲をベースにしつつ、各楽器をゴリゴリに鳴らす・終始アップテンポリズム……など、楽曲ごとに現代風のアレンジを加えたメロディが印象的で、楽曲名や歌詞には「工業団地」「夜間飛行」「シャッター街」などノスタルジー溢れる単語が所々に使用されており、唯一無二の奥深い世界観を形成している。
2025年11月4日には1st Live Album『百々目鬼(どどめき)』が配信リリースされ、彼等の哀愁漂う演奏を幾度となくじっくり聴くことができる。
夜もすがら、この倶楽部に足を踏み入れてほしい。
ロマネスク実験
イヤフォンから始まるロマン溢れる逃避行
選・OHATA

〈天国のエンゲル係数 早く早く知りたいです 天国のエンジェル係数 いらない いらない 情報です〉
『わがままキラー』のこのフレーズを初めて聴いたとき「ああ、天才だわ……」と思わず声が出ていた。
市ヶ谷発の浪漫派オルタナティブポップユニット、ロマネスク実験。ナラかほ(Vo.)と成山まこと(作詞作曲)の2人で結成され、10月にはそうってぃー(Gt.)の加入が発表されたばかり。
成山まことが作詞作曲を担当するユニット・レトロな少女、ナラかほの存在を世に輩出したミスiD2022、どちらも追いかけていた自分にとって、この2人がタックを組んだことは衝撃で、結成のニュースを知ったときはとても興奮したのだった。
私は成山まことにトラックメイカーとして絶大な信頼を寄せている。彼の作る楽曲は、懐かしさとエレクトロが共存しており、高揚感・無敵感・浮遊感に溢れていて、見慣れた自室、憂鬱な通勤路、味の無い景色や日々を、色付けてくれるからだ。
ミスiDの自己PR動画でナラかほは「(歌や芝居など)表現にぶつかってなんとか生きてます。誰に見せるわけでもないけど、やるのもみるのも好きです」と述べていたが、数年経った今、彼女は自分を解放しステージの上で表現力を爆発させている。私はそれがとてつもなく嬉しい。
次はどんな新曲で、私をどんな気持ちにさせてくれるんだろう。私をどこに連れ出してくれるんだろう。

171
メジャーシーンを裂くハウリングで
※2025年12月メジャーデビュー
選・曽我美なつめ

下北系を発端とする90~00年代ロック再燃の煽りを受けてか、2025年はなんだかオルタナティブの波動を各所でじわじわ感じる年だったと思う。大変喜ばしいことです。
その中で私が出会ったのがこの171(イナイチ)「足音」である。
イントロのブリッブリに歪(ひず)んだルーディなベースに一発で心奪われ、しかもこれを弾くのは三白眼の不機嫌そうな表情の女性ベーシスト。バンド構成は一切無駄のない、潔い3ピース。
良い。良すぎる。冒頭5秒で一定の人間の心を鷲掴むには十分すぎるバンドだ。
その後聴いた「俺の見たピストルズはスマホの中」で彼らのロックンロールへの敬愛をビシビシに感じ、「グレモンハンドル」でバンドという生き物への、そしてライブハウスという場所への純粋な愛情も痛いほどに受け取った。
20代の見知らぬバンドの曲に“血が湧いた”のは本当に久々でものすごく嬉しい。知って早々に決まったメジャーデビューもさもありなん、という所だろう。
全国ツアーは、一番近場になる高松のチケットを買った。配信されたての1stアルバムを聴くたび増すワクワクと、「楽しみ、早くライブに行きたい」という高揚感。
これは確かに、私が10代でライブハウスの楽しさを知った時とまったく同じものだ。
世界電力
人間と、無機物で紡ぐオルタナティブロック
選・曽我美なつめ

YouTubeでもサブスクでもいい。まずは1回、楽曲を一瞬だけ再生して欲しい。
聴いた? ほんとに? ちゃんと一瞬聴きました?
リスナー諸氏の善性を信じた上で話を進める。この曲を歌うのは人間ではない。
厳密に説明すると、「世界電力」とはNEUTRINOのナクモ・めろう他音声合成ソフトをボーカルに据えた、トラック担当のメンバー・2号機による“バンド”だ。
シーンにあまり詳しくない人には多少ややこしい話なので、一旦めちゃくちゃかみ砕いて、この曲はボカロP・世界電力によるボカロ曲だと認識してもらえればいい。そう、近年の音声合成ソフト(ボカロ)はこんなにも人間のように歌える存在となっているのである。
本曲は2025年にドロップされた、キタニタツヤことボカロP・こんにちは谷田さん主催コンピレーションアルバム『Eingebrannt』収録作品となる。彼が“エモくてオルタナでカッコイイ”と思うボカロPだけを集めたこの音源なら、ロック・ライブハウスシーンのリスナーも必ず刺さる1曲に出会えるはず。「ポストずんだロックなのだ」にたまらなく目頭が熱くなって以来世界電力を推し続ける私が言うので、これだけは絶対に間違いないです。

帝国喫茶
抑えきれないクリエイティブを音楽に載せるバンド
選・宮本デン

今時珍しいぐらいに、あまりにも真っすぐに音を響かせるバンド・帝国喫茶。
2020年に結成され、楽曲制作からアートワークまでの全てを手掛けるクリエイティブな4ピースバンド。2000年代後半~2010年代前半のバンドを思わせるような爽やかな軽快さと、令和らしいエキセントリックさを併せ持ち、“バンドらしいバンド”を求める音楽好きには高確率で刺さるのが帝国喫茶だ。
レトロで可愛いすぎるアートワーク、バランスが取れ完成されたバンドサウンド、明るくて元気になれるMV…と、帝国喫茶には様々な魅力があるが、今回は「歌詞」に注目したい。
言葉を選ばずにあえてこう表現するが、帝国喫茶の歌詞は「ものすごくJ-POP」だ。ここまで甘く、優しく、直球な言葉を使って音楽を紡ぎ続けるバンドは、現代ではそう多くないのではと思わされる。そしてそんな歌詞と、バンドそのものが持つ“言葉を音楽に載せる天性の才能”があわさり、歌詞を聞かせる音楽として一つの到達点を作り出している。
2024年・2025年と3ヶ月連続シングルリリースに挑戦し、2025年は約一年半ぶりとなるフルアルバム『帝国喫茶III ストーリー・オブ・マイ・ライト』をリリースした帝国喫茶。あふれるクリエイティブを抑えきれないバンドの躍進は2026年も注目したい。
まおた
痛みや苦しさに寄り添い、抗い続ける感情を歌う
選・宮本デン

14歳から弾き語りを始め、2026年には20歳を迎えるまおた。「独演」シリーズではギター一本と己の声のみで表現を追求し、日常に垣間見える感情の揺れ動きを見事に歌い上げた。
何よりも耳を惹くのは、そのギターの音。彼女が奏でるギターの音は肉厚で、それでいて渋い。熟練のソロギターのような重厚さと安定感があり、そこに彼女の抜け感のある歌声が載せられている。ミックスも裏声もハスキーも関係なく自由自在に歌声を操るその姿は、まるで彼女自身もまたひとつの楽器であるかのよう。
「独演」スタイルで出された楽曲『獏』は、まさに彼女のギターテクと歌声を堪能できる一曲だ。初めて聴いたときは、最初の一フレーズだけで彼女のギターに引き込まれてしまった。この生々しいギターの音が堪らなく好きだと感じた。
この曲は特に、痛々しいまでにリアルに負の感情への葛藤と渇望を表現している。ともすれば刹那的ともいえるような苛烈で鮮烈な痛みと輝きが、この先どのように醸成されていくのだろうか。今後も追い続けたいアーティストだ。

kohamo
2026年はさらに彼らの掌の上で
選・遊津場

大阪発、コンテンポラリーな4人組バンド・kohamo。2025年は活動の幅を広げ、東名阪のみならず、神戸、仙台、広島のサーキットフェスにも出演し、滋賀のイナズマロックフェスにも出演。そして10月には韓国でのライブも行い、乃紫やAKASAKIと共にオーディエンスを沸かせました。
活動開始した前年と比べ、一概に“ライブハウスバンド”と言えなくなるようなスケールを感じさせたkohamo。それは音源でもそうで、自由な枠組みで音楽表現した曲をリリースしてきました。打ち込みはもちろん、ボーカロイドを用いたり、よりJ-POP感も増しました。4月にリリースされたEP『きらきらの私たち』は捉えどころのないサウンドに、様々なキラキラアイデアが隠されており、自然と彼らのサウンドに踊らされることは不可避です。ストーリー性も抜群です。
もちろんライブもキマっています。三浦海輝(Vo)のカリスマ性のあるステージングと、演奏陣の隙のないプレイで魅了。とは言え私が最後に見たのは3月。大きなステージも経験した今、また想像を超えてくると思っていていいでしょう。
元々音楽だけでなく様々なアート分野とバンドを合わせて、総合芸術としての活動を目指す彼ら。まだ結成して2年ですが、2025年は存在感も示しつつ、きっちり水面下で様々な準備をしたのではないかと私は推察しています。そのクリエイティブが広がりを見せる2026年になった時、この世に新たなアートが生まれるでしょう。
pudelhunds
一過性のものではない“鎌鼬(かまいたち)”サウンド
選・遊津場

2025年はオルタナ、マスロック、シューゲイザーといったジャンルが盛り上がった年でもありました。元々実力者が多い界隈でしたが、the cabsの復活が大きな追い風となったでしょう。音楽レーベル・Oaikoの活動も見逃せません。大阪でも9月にロックバンド・YOWLL主催のフェス「YOWLL Fes」が開催され、若手オルタナバンドが多く集まりましたが、超満員で大成功となりました。
ただギターロックやポップロックが好きな私のようなリスナーからすると、このようなジャンルのバンドはどうしても似たように聴こえてしまうところもあります。
その中で私が強いインパクトを受け、かつ今も心に絡み付いて離れず、恐らくそんな同胞が全国的に増えつつあるのが、福岡は親不孝通りからpudelhunds(パドルハンズ)です。マスロック特有の繊細で洗練されたメロディから、一気に激しさへと流れ込む体験は当然鮮烈。その中で際立つ中尾優志(Ba.Vo)の透明感のある歌声が、このバンドの特色でしょう。複雑な展開も鋭角なバンドサウンドが次々と迫ってくるおかげでリスナーを飽きさせません。それはライブでも同じで、何度も何度も鎌鼬に切り刻まれるような感覚があり、これは体験必須かと思います。
2026年2月からは東京、静岡、大阪、岡山、福岡を巡るツアーを開催しますし、各地でライブは増えています。ファイナルはワンマンですが、恐らく福岡以外から見に来る人もいることが容易に想像できます。なので2026年中と言わず、この冬の間に確かめに行ってください。

こがれ
素朴な歌で編み上げる余情
選・横堀つばさ

2024年春に始動し、2025年1月に1stアルバム『聴こえる』をドロップした3人組・こがれは、余白と無常を歌い上げるバンドである。
くるりやフジファブリック、ハンバートハンバートに影響を受けたという彼らは、決して強引に楽譜を埋め尽くすこともせず、突如として張り上げることもせず、「畳の匂いがするような日本語のロック」と自らで形容している通り、侘び寂びやどことない仄暗さを孕んだ歌声を置いていく。
その飾らない美学はリリック面にも反映されているもので、過去の助動詞である“た”を繰り返すことで終わりの見えない囚われの日々を黙々と綴り出す「愛の影」も、〈何を何を見てる〉〈何を何を捨てる〉と自問自答を重ね、足跡の形を確かめる「憂いの月」も、自らのブラックボックスへと深く手を入れようとしているのだ。
では、こがれがその先で表現したいものとは何か。おそらく3人にとってのそれは、愛の形だと断言できる。「愛の影」のリリースインタビューで「愛は実体が存在しないものなのに、皆触れたがっているからこそ、書きたいのかも」と語ってくれたように、あるいは「透明な日々」で〈透明な日々を歌いながら あなたを待つ〉と、「やらずの雨」で〈ああ君の愛が まだ僕には見えているよ〉と記しているように、彼らは簡単に消え去ってしまう心の形を見失わぬよう、目を凝らしていた。
Keeshond
日々に置いていかれたって
選・横堀つばさ

どうもしていないのに、なぜだか泣き出しそうになる。頭の中で必要のないことばかりが浮かんでは、焦りで鼓動がうるさくなる。こうした訳の分からない不安と焦燥を掬い上げてくれるのが、2022年6月に誕生した4ピースバンド・Keeshond(キースホンド)だ。
カラーリングするならば錫色になるであろう泥臭くも刺々しいアンサンブルからは、LOSTAGEやさよならポエジー、cinema staffからのインパクトが窺い知れるが、4人のミュージックはもうひと回りだけあっけらかんとした性質を備えているよう。
確かに〈急いで競って 意味のないような 自分の首絞めて 日々を過ごしている〉と歌う「目眩く」を筆頭に、彼らの音楽が無為や諦観の土壌で育まれたものであることは間違いない。しかし、友との別れを〈晴れた街並みに そっと春が吹いて そんな輪廻を願って〉と昇華した「別れの詩」といい、路傍の花を自身と照らし合わせ、いつか朽ちる日を前提にちょっとやそっとじゃ動じない一輪を咲かせようとする「あの花の名前を」といい、そこには一匙のポジティブが垂らされている。
この足元からスッと吹き抜ける上昇気流のような清々しさは、「今日あった良くない出来事や嬉しかったこと、明日のことが、Keeshondの音楽を通じて少しでも明確になったら良いな」と語ってくれた想いと不可分であるはず。この日々の行く先は悲劇か。そんな空虚な想像に、KeeshondはNOを突きつける。現実はそう簡単じゃないと承知の上で。





