椎名林檎・初のオールタイムベストアルバム『ニュートンの林檎』。ディスクレビューで振り返る濃厚な林檎ヒストリー

倉田 航仁郎

倉田 航仁郎

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1998年、『幸福論』でミュージックシーンに衝撃をもたらしてから、早21年。椎名林檎が世に送り出した楽曲は数知れず、残した功績も言うに及ばず。2020年元日には、彼女率いるバンド・東京事変が8年ぶりの「再生」を発表し、新年早々話題を呼んだ。

そんな彼女がソロとして初のベストアルバムを2019年11月にリリース。これまでライブベストやコラボベストはリリースされていたが、本人監修によるオールタイムベストは初となる。今回はそんな、椎名林檎初の記念すべきベストアルバム『ニュートンの林檎 〜初めてのベスト盤〜』について語っていきたい。


新曲を含む2枚組、全30曲収録という大ボリューム

本アルバムは、これまでの『椎名林檎』を詰め込んだ、まさにベストと呼ぶにふさわしい作品集。選曲は「リスナーから高く支持されている」という基準で行われ、東京事変での活動を活発化させる前後でDISC1と2に分けられており、年代に沿って追うことができる点は新規ファンにとってもありがたい。

さらに、それぞれのDISCに新曲を入れるというサービス精神にも恐れ入る。このアルバムのダイジェスト・ディザームービーは、公式チャンネルで見ることができるので、是非チェックしておいて欲しい。

DISC1:デビューから東京事変結成前までのサイケデリックな初期版

1998年リリースのデビューシングル『幸福論』はあまりにも衝撃だった。

「こんな曲聴いたことがない」
そう思ったのは、筆者だけではないはずである。

エキゾチックでスリリング。それでいて華やかでどこか歌謡曲のようなテイストのコード進行は、唯一無二で異質なものだった。

そのためかイロモノに分類されがちだった彼女の才能が一発屋ではないということは、ここから続くアルバム『無罪モラトリアム』で証明される。『幸福論』『歌舞伎町の女王』『丸の内サディスティック』を含む、まさに名盤とも呼べるこのアルバムを、筆者は擦り切れるまで聴いていた。

そして『ここでキスして。』『本能』『ギブス』『罪と罰』と続く快進撃により、彼女はトップアーティストの階段を駆け上がっていった。

どこか排他的で危うさを孕んだ、攻撃的でスリリングな雰囲気は、この後の活動休止を経て丸みを帯び、音楽的表現の広がりを見せ始める。東京スカパラダイスオーケストラとコラボした『真夜中は純潔』や、昭和歌謡やJAZZテイストをまとった『迷彩』。英語歌詞を和の雰囲気に乗せた『茎 (STEM) 〜大名遊ビ編〜』など、ハイカラな要素を取り入れ、多様な世界観を表現し始めるのである。

そうして進化し続けた椎名林檎は、2003年に『りんごのうた』でソロ活動に一旦終止符を打ち、東京事変によるバンド活動へとシフトしていく。

デビューからここまで、わずか5年。この濃密な5年間を詰め込んだアルバムがDISC1なのだ。ちなみにこのアルバムの1曲目には、宇多田ヒカルとのコラボ曲『浪漫と算盤』が収録されている。同時期に音楽シーンを席巻していた盟友とも呼ぶべき女性シンガー同士のコラボは必聴なので、是非とも堪能してもらいたい。

DISC2:東京事変解散から現在に至る後期版

東京事変での活動を行いながら、2005〜2006年頃から徐々にソロ活動を再始動。この頃からコラボ作品も増え始める。

実の兄であるシンガー椎名純平とアレンジャーの齋藤ネコとの連名でリリースされた『この世の限り』、PE’Zや東京事変でピアノを担当したヒイズミマサユ機やRHYMESTERのMummy-D、竹内朋康とコラボした『流行』。J.A.M(fromSOIL&”PIMP”SESSIONS)が編曲を行った『』などがそれに当たる。

その後、東京事変が解散してからそれまでアルバム未収録だった音源と新曲を収める形でアルバム『日出処』をリリースし、ソロ活動を活発化していく。このアルバムに収録された『自由へ道連れ』『カーネーション』『NIPPON』『ありあまる富』をはじめ、「日本」という国を感じさせるような独自のロックやバラードは、椎名林檎の世界観をさらに確固たるものにした。

この世界観は、他のミュージシャンに提供した楽曲でも発揮。提供先のミュージシャンの色を侵すことなく共存し、巧みに昇華させている。

そうして提供してきた楽曲を自らカバーする形でリリースしたコンセプトアルバム『逆輸入』では、文字通り逆輸入に成功している。栗山千明に提供した『青春の瞬き』や『おいしい季節』、高畑充希に提供した『人生は夢だらけ』などである。

近年では記憶に新しいコラボ曲として、エレファントカシマシの宮本浩次との『獣ゆく細道』、ウルフルズのトータス松本との『目抜き通り』、東京事変メンバーだった浮雲との『長く短い祭』が挙げられ、話題となった。

このように、椎名林檎としてのさらなる進化と、共作による化学反応が詰まっているのがDISC2となる。なお、このDISCの1曲目にはドラマ『時効警察はじめました』主題歌となった新曲『公然の秘密』も収録されており、ホーンセクションを活かした疾走感のある楽曲がDISC2の開幕を華やかに告げてくれる。

『椎名林檎』というひとつの物語を書き記した重厚なベスト盤

日本らしさを軸に据えながらも多様な音楽を生み出し、時にはカメレオンのように色を変えてミュージシャンに寄り添う、変幻自在の椎名林檎。『ニュートンの林檎』を通して彼女の歩んできた濃厚な音楽史を振り返ると、ひとつの物語を読んでいるような重厚さを感じる。まさにベストと呼ぶにふさわしいボリューム感で、聴くものの心身を満たしてくれることは間違いない。

このレビューをきっかけに、ここには収録されていない東京事変としての音源にまでも興味を広げてもらえると、筆者としては嬉しい限りである。

広く深く計り知れない海のような世界を持った椎名林檎。今後の活躍からも目が離せない。

(文・倉田航仁郎)


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