「ベッドルーム・ポップ」という言葉を知っているだろうか?
ライブなどを通したリアルでの音楽活動ではなく、TikTokやYouTubeなどのSNSを通して行う「自室で完結する」音楽活動、ひいては音楽そのもののことを主に指しているが、これといった明確な定義はまだされていない。しかし、ここ数年で大きく盛り上がりを見せている音楽の新しい形の一つである。
欧米では2010年代に一つの音楽シーンとして確立するまでになっており、例えば世界的な人気を博したビリー・アイリッシュなどもその系譜であるといえる。
音楽の傾向としては、ノスタルジックでアンニュイで、どこか掴み取れない雰囲気のものが多い。あえて既存のジャンルに当てはめるとするならば「オルタナティブ」だが、インターネットを通してあらゆる音楽を吸収した若い世代によって生み出された「ベッドルーム・ポップ」には、“ジャンル”という言葉すら似合わないように思える。
そして今、日本においてもインターネットからネイティブに音楽を受け取って育った2000年代生まれ世代が「ベッドルーム・ポップ」を牽引し、メジャーデビューを果たしつつある。彼らは生まれた時から身近にあるPCやスマホを利用して音楽を制作、SNSを通じて自らをプロデュースし、着実に人気を伸ばす注目の存在だ。
この記事では、そんな「ベッドルーム・ポップ」な新世代のアーティスト4人を紹介する。
ベッドルームから放たれるその憂鬱は、感情を容赦無く抉り上げる
MILKDOT
シンガーソングライター兼ボーカロイドPとして活動するMILKDOT(ミルクドット)が歌う憂鬱は、暗く沈んでしまった心を優しく包み込む。気だるい歌い方と、洗練された言葉で構成された歌詞、最新を押さえながらもどこかノスタルジーを感じさせる音作りの中毒性は高い。
2021年には完全自主制作で1st Album『TEENAGE』(限定制作のため完売済み)をリリースするなど、精力的に活動している。
『鬱曜日』(DEMO)
MILKDOT
サビでも一貫して淡々と歌い上げられるのに、感情が抉り上げられるような心地にさせられるのは、ハイテンションなトラックとローテンションな歌声のギャップのせいだろうか。
どちらかと言えば暗めの曲調ではあるが、聴いている人の気分を下げず、かといって上げることを強要もせずにただ寄り添うような一曲。穏やかで暖かい暗さを孕んだセンチメンタルな旋律を、ぜひ一度聴いてみてほしい。
ベッドルームをチル空間へと変える歌声
natsumi
可愛くて透明感のある歌声から、力強い生命力を感じるnatsumi。TikTokでは中毒性のある美しい歌声を生かした弾き語りを主に配信し、若い世代を中心に人気を博している。
一本のギターとスマホだけで作り出される彼女のエモい世界は、自室をチル空間に変えてしまうような、そんな力を持っている。
『イージーゲーム feat. 和ぬか』
natsumi
TikTokを利用する人なら一度は聴いたことがあるであろう、キャッチーなイントロが特徴。
natsumiの透明感のある高音と、同じく新世代のシンガーソングライターである和ぬかの穏やかな低音が絶妙な空虚さを生み出しており、歌詞にあるような〈人生なんて そんなもんだよ〉の諦観と、その先にある乾いた前向きさを受け取ることができる一曲。
ベッドルームに構築された独特な世界に魅了される
なとり
ハスキーで色気のある歌声と、独特な世界観を持つスタイルでファンの心を掴んで離さないなとり。
オリジナルのデモをいくつも出しているが、まだ作曲を始めて2年に満たない様子である(YouTubeの投稿より)。今後もその才能に魅了される人が続々と増えていくだろうと予想できる、目が離せないアーティストだ。
『Overdose』(DEMO)
なとり
なとりの世界観を形作っているのが曲であるのはもちろんのこと、一方で動画も重要な要素を占めている。
『Overdose』では自室と音楽制作場面を映した「ベッドルーム・ポップ」そのものが表現されており、『猿芝居』ではどこか不気味に感じる日本画を利用したアニメーションとなっている。あくまでデモで短い動画なのに妙に頭に残るのは、視覚を通して強烈になとりの世界観を感じ取れるからだろうか。
「なとりの世界をもっと見てみたい」
短いデモを通してそう思わせるなとりには、一度見たら忘れることのできない魅力がある。
飾り気のない“今”をベッドルームから
とた
どこまでも広がる青空のような爽やかな歌声と、真っ直ぐな言語センスを持つシンガーソングライター・とた。デモとして発表した『紡ぐ』がTikTokでバズったことで知名度が一気に広がり、彼女の歌声に魅了された人間が激増した。
『ブルーハワイ』
とた
とたの爽やかさをそのまま音と言葉にしたような一曲。MVは彼女自身の「ベッドルーム・ポップ」を表現したものだと思われる。耳に馴染む率直な言葉選びは、今この時に最大限表現できる彼女の輝きを感じさせてくれる。
夏という季節はそれだけで複雑な感情を抱かせてくれるものだが、この曲は夏の明るさだけではなく、夏の終わりに抱く切なさも孕んでいる。だがその切なさすらも、どこまでも素直に明るく伸びやかに表現したザ・ポップチューンだ。
今回紹介したアーティストたちは、偶然にも全員が2003年生まれである。
実は日本でも、ボーカロイドを始めとした音声合成ソフトの普及により、ガラパゴスな「ベッドルーム・ポップ」がかなりの盛り上がりを見せていた。
その黎明期〜成熟期が2000年代後半〜2010年代に当たるため、彼らが小・中学生の多感な時期にインターネットを通じてガラパゴスな盛り上がりを含めた世界中の音楽に触れ、独自のスタイルを編み出したと考えれば、この年代周辺から「ベッドルーム・ポップ」のアーティストが芽を出し始めるのは自然な流れのように思える。
まだ明確には定義されていない「ベッドルーム・ポップ」。彼らの音楽に触れることで、今のうちにその片鱗を味わってほしい。
そして、その概念自体が持つ優しさと激しさを受け取って、「ベッドルーム・ポップ」そのものへの、あなたなりの定義を見出してほしいと願っている。
(文・宮本デン)