
国内でのジャンル誕生から20年を迎え、今や若年層の間では普遍的な音楽ジャンルとしても認知されつつあるVOCALOID。従来は才能の原石を発掘する場としても注目されていたが、近年は多彩な経歴を持つクリエイターの“遊び場”としての一面も色濃くなりつつある。
そんなボカロシーンで2025年初め、局所的に話題を集めた曲が『俺ん家の水道蛇口から山岡家出る』だ。人気ラーメン店・山岡家への愛を綴った歌詞と本格派UKダブステップサウンドのギャップ、実写版MVに出演するギャングたちと無機質なSynthesizer V・重音テトのリリックとのギャップなど、多面的なシュールさが大勢の耳目を集め、楽曲はYouTube13万回再生を突破している(2025年6月現在)。
制作を手掛けたのは、これまで小林私やなかねかな。への楽曲提供ほか多彩なアーティストの制作に携わる実績を持つGanbare Masashigeだ。今回彼にクリエイターとしての歩みやボカロシーン参入の経緯、作風の主題などを伺うインタビューを敢行。まさしく彼の“今”を切り取った、貴重な内容が満載となっている。
バンドマンとしてのスタートからDJ、コンポーザーへ
『俺ん家の水道蛇口から山岡家出る』
Ganbare Masashige
元々は高校時代に地元・福岡で結成したバンドの活動を2022年まで続けていました。2017年頃から都内や各地でライブをしてたんですが、メンバー脱退や表現の限界を感じて活動休止に。その後、当時まだ趣味半分だったDJでの出演オファーを少しずついただき始め、その中で自身の名刺的なオリジナル曲の必要性を感じ、エレクトロミュージック制作にのめり込み始めて今に至ります。
バンド時代に大学を中退し建築業界へ一度就職しましたが、お恥ずかしい話その仕事もあまり続かず…。友人の家を転々としつつ音楽を続ける中、突然知らない電話番号から楽曲提供のオファーをいただき、右も左も分からないまま「やります!」と答えたことからキャリアがスタートしました。お陰様で今がありますね(笑)。
バンドマンとしての起点からDJ・コンポーザーである現在地までの変遷を、彼はそう語る。決して順風満帆な道のりではなかっただろうが、今のGanbare Masashigeに繋がる様々な縁は、間違いなく過去の彼自身が引き寄せたものだ。

当然、活動形態の変遷に応じて生み出す音楽の形も変わってくる。多岐に亘るジャンルを股にかける彼の音楽的感性は、一体どのようなルーツで養われたのだろう。
小さい頃はテレビやラジオで流れるJ-POPを受動的に嗜んでました。ポップスのトップラインやコード感はとても心地良く感じるし、今でも楽曲提供の際は必ずと言って良いほど意識しています。同時に元々家でパソコンやゲームをいじくっていたタイプだったので、そこから中学時代にニコニコ動画やVOCALOIDを知って。その後、当時やや柄悪めの人も多かった工業高校に進学し、入った軽音楽部で半ば無理やりヤンキーとマキシマム ザ ホルモンのコピーバンドを組み(笑)。それがボーカル人生の始まりで、激しい音楽への入り口でした。
バンドを続けるうちに校外の同世代の知人も増え、彼らに教えてもらったAttack Attack!!やAsking Alexandria等のRise Records系ポストハードコアを好んで聴くようになります。2013年に解散したThat’s Outrageous!は今でもお気に入りのバンドで、ふとした時にアルバムを聴きたくなりますね。その延長でVOCALOIDでも、ゆよゆっぺさんや鬱Pさんの曲に触れていました。
エレクトロミュージックのルーツとして、初めてジャンルを認識して聴いたのはSkrillexの『Scary Monsters and Nice Sprites』かな。そこからKnife Partyなども履修しますが、当時は「こういう音楽もあるんだなぁ」程度の認識で。そこに加えて、同郷の友人でDTM制作の手解きをしてくれたrejection周りのエレクトロもカッコイイな、と思いつつよく聴いていました。そんな変遷を経て、今はUK GarageやUKダブステップ、スピードハウス等を好んで聴いています。
リスペクトを込めたエレクトロミュージックに裏表のない言葉を乗せて

非常に多彩なルーツを自分の音楽に落とし込み、エッジの効いたオンリーワンの楽曲を生み出すGanbare Masashige。そんな彼に自身のクリエイティブにおける重点を訊くと、こんな答えが返ってきた。
自分の手元に置く作品の歌詞に関しては、『思っていることに嘘をつかない』ことをバンド時代から心がけてます。サウンドについてはジャンルをハッキリ提示した際に、元々その音楽を好む層にもちゃんと受け入れられる完成度を常に目指してますね。それが今まで該当の音楽を作ってプレイしてきた人々に対する敬意を示す、唯一の手段だと思うので。
ボカロに関しては、先ほど触れたrejectionのような活動や音楽に関心を持ってDJを続ける中で、自分でもそこへの創作意欲が高まっていたのがひとつのきっかけで。元々ニコニコ動画世代だったことや、周りにVOCALOIDコンポーザーの友人が複数いたこともあり、音声合成ソフトの起用に抵抗はありませんでした。何より良いのは「自分がボーカルだったら絶対に歌わない」ことも代わりに歌ってくれることで(笑)。要は好きなものを作るタイミングが噛み合った、ということだと思います。

ちょうど話題にあがったボカロ曲の制作についても尋ねてみると、注目を集めた当該作について、そしてつい先日6月末にドロップしたばかりの新作『ADHD』に関しても興味深いエピソードを語ってくれた。
『俺ん家の水道蛇口から山岡家出る』は単純に、「どうしてボカロのUKダブステップってないんだろう?」と思ったことがキッカケで作り始めました。キラキラとしたハウスや激しいロック×エレクトロな曲はいっぱいあって、それらも素晴らしいんですけど。僕は少しダークでエネルギッシュなサウンドをこれからもたくさん作って、その良さを大勢に知ってもらいたい。「僕が聴きたい音楽をボカロに落とし込みたい」欲がすべてだと思います(笑)。
新曲『ADHD』は先ほど話した通り、「思っていることに嘘をつかない」歌詞をもちろん意識しました。自分の生活を素直に書き下ろした内容で、少しセンシティブなテーマかもしれませんが隠す必要もないことだと思ってます。
サウンド面はスピードガラージやグライムというジャンルをポップス的尺度で落とし込み、普段の生活でも退屈せずクラブの現場でも聴き応えあるサウンドを目指しました。大型フェスで流れるメインストリームの音楽も大好きですけど、どこか生活の一部にあるようなUKサウンドの少し温かみある感覚が、やっぱり自分の価値観との肌馴染みがいい気がします。
そんな制作と並行し、彼は将来の音楽シーン・ボカロカルチャーを見据えた動きをすでに始めているという。楽曲リリースのみならず、一アーティストとしての動向にも、今後引き続き注視していきたい。
作ってる音楽が「文化の盗用」にならないよう気を配り、先人が作り上げたジャンルに対するリスペクトを忘れずサウンドの研鑽を続けたいです。
昨今サブスクで音楽を聴く環境が当たり前になりましたが、将来的には頭打ちとなり、残った牌の奪い合いになることは肌で感じざるを得ない状況で。未来を見据えてきちんとしたコミュニティ形成の必要があると常日頃感じていたので、この度「VOCALOIDMAFIA」というXアカウントを作成しました。
昔で言う「萌え」的なアートワークや、チートコード的なサウンドデザインの曲が溢れるボカロシーンの中で真逆のアプローチを取り続けることをテーマとしており、それを当たり前にカッコいいと認めてもらうためのファンベース拡大を目標としたアカウントです。
現在はリリース曲のステムデータや、新曲のリリース前試聴リンクをフォロワーのみに共有しています。将来的にはファン限定のDiscordサーバーの作成やリリースイベント等、活動の範囲を更に広げていきたいですね。
『Snitcher』
Ganbare Masashige
MESSAGE 正直な所、「俺ん家の水道蛇口から山岡家出る」がこんなにもたくさんの人の耳に届く物になるとは思いもしてませんでした。この場を借りて改めて皆さんにお礼申し上げます。 これからも僕がカッコいいと感じた音楽や、ルーツを共有できるような作品作りを心がけていくつもりです。もっとたくさんの人と「良いものを良い」と共有できるコミュニティを、皆さんと少しずつ作り上げていきたいと思っています。 もし共感して、この輪の中に入ってくれる人が一人でもいれば本当に嬉しいです。インターネットでもクラブでも、これからよろしくお願いします! Ganbare Masashige
(取材/文・曽我美なつめ)
PROFILE

Ganbare Masashige
1996年1月、福岡にて生まれる。2013年よりバンドのボーカル・コンポーザーとして音楽活動をスタートし、現在は様々なアーティストへの楽曲提供や編曲等の活動を行なっている。2022年には突如としてDJとしてのキャリアをスタートするや否や、海外アーティストの来日公演への出演を果たす等活動の幅を徐々に広げて来た。
主なプロデュースワークとしては、2021年に小林私の1stEP「健康を患う」がタワレコメン年間アワードを受賞。EPには自身が編曲・ミックスマスタリング等を手掛けた曲が多数収録されている。2023年にはTikTok流行語大賞2021受賞経歴のあるTikTokerなかねかな。の楽曲「マッスルコール」の編曲を担当し、MVの再生数は100万回を突破。
2025年にリリースした2作目のシングル『俺ん家の水道蛇口から山岡家出る feat.重音テト』のMVが公開されると、その荒唐無稽なリリックやサウンド、重音テト歌唱楽曲にもかかわらず実写で出演する“ギャング”たちが話題を呼び「頭から離れない」「癖になる」「YouTubeアルゴリズムに感謝」など多くのコメントが寄せられ、リリース前にもかかわらずMV再生回数は1日で1万回を突破。多くの著名アーティストも反応を示すなど盛り上がりを見せた。ポストハードコア・インターネットミュージック等様々な音楽のルーツを基に、何処かキャッチーだがマッシヴ・そしてごった煮とも言えるサウンドを特徴としている。
活動開始
2022年
主な活動拠点
東京都、千葉県
HP / SNS
Official Website
X @SUPERMASASHIGE
Instagram @masashigeee
LIVE
7月18日(金)
福岡selecta「VOCALOID FriYAY vol.3」
詳細はこちら
9月13日(土)
INDEX-SAPPORO「VOCALiNK」
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